板門店北兵士亡命事件の若者の感傷と望郷を伝えたフジ「日曜報道」

◆親子友人関係の悩み

 米朝ハノイ首脳会談の決裂後、4月は11日の米韓首脳会談、12日の北朝鮮最高人民会議で米韓に批判が出た金正恩朝鮮労働党委員長演説、25日の露朝首脳会談など半島情勢が動いている。21日放送のフジテレビ「日曜報道THE PRIME(ザ・プライム)」は、北朝鮮問題に焦点を当てて特集を組んでいた。

 興味深かったのは、FNN(フジニュースネットワーク)「独自直撃」に登場した若者。2017年11月13日に板門店の南北軍事境界線上に設置された共同警備区域(JSA)を越えて韓国側に亡命した元北朝鮮兵士だ。

 番組が「世界の注目を集めた」と紹介した通り、公開された国連軍の監視カメラ映像が衝撃的なニュースだった。JSAまで一路疾走してきたジープが道端に乗り上げると、一人の兵士が車から飛び降りるや一目散に走り、駆け付けた兵士が後ろから銃撃する劇的な逃亡だった。

 が、テレビに出てきたのは、ソウルのマンションの一室に住む呉青成という人懐っこそうな25歳の好青年である。銃弾を5発受け、手術で腸を多く切除し、食べてもよく消化できないというが、逃亡中に射殺された可能性も十分ある。

 そこまで危険を冒して亡命した理由だが、軍幹部の父親が金正恩氏に忠実なので自分も忠実であらねばならないという圧迫感に悩んでいたところ、友人とのトラブルで衝動的に脱北したという。

◆露で金昌善氏に迫る

 貧しく思想統制された恐怖支配から「自由への逃亡」かと思われたが、若者にありがちな親子関係や友人関係の悩み葛藤だった。このような人物像は事件当時の報道から想像もできない。しかも、軍での待遇は良かったといい、母親の料理の味を懐かしみ、ホームシックにかかった感傷的な一面を番組は伝えていた。

 わが国でもよくある人間関係の問題で、父親に反抗した地方の青年が都会へ行方をくらまし、そのうち母親が恋しくなって家に戻って来るところに落ち着く程度の話だ。が、そのはけ口が脱北となると若気の至りの次元を超えた国際問題になる。後悔しても家に帰れない分断国家の悲劇だ。呉さんの「人生の全てを南北統一に捧(ささ)げたい」という発言が、政治ではなくごく普通の人間的な感情として印象的だった。

 続いてロシア・ウラジオストクで、私服姿の金昌善北朝鮮国務委員会部長を直撃した映像も目を引くものだった。3月23日にも番組はモスクワ郊外のシェレメチボ国際空港で金昌善氏の姿を捉えたが、こちらは望遠撮影。17日はウラジオストクでボディーガードにカメラを遮られながらもアタックし、トローリーバスなどが走る駅周辺までカメラが追っていた。

 番組では、金昌善氏を金正恩氏の“執事”と紹介していたが、重要な外交舞台で必ず姿が確認されるキーマンだ。北朝鮮の国柄を考えると、公式発表前の最高指導者の訪露の準備に来た高官にビデオカメラで近づくのは勇気がいることだろう。ただ、米朝首脳会談が2回行われ、マスコミ天国の米国はじめ世界中のメディアが殺到した。注目される首脳外交を進める以上、北朝鮮とメディアとの垣根が幾分低くなったと見える。

◆仲介者替える正恩氏

 14日放送の同番組では、11日の文在寅韓国大統領とトランプ米大統領の首脳会談がテーマだった。共に夫人同伴で、会談時間は正味2分と報じられたこともあり、スタジオ出演した識者から、北朝鮮寄りの文政権は米国に相手にされていない、会談ではなく「歓談」だ―など、厳しい評価が相次いだ。

 番組も触れたが、文大統領との実質的会談はポンペオ国務長官、ボルトン大統領補佐官ら格下のスタッフでされた。すると、すぐ北朝鮮最高人民会議で金正恩氏はこの3人を、間抜け云々(うんぬん)とこき下ろした。偶然だろうか。正恩氏は米国との「仲介者」を文大統領からプーチン大統領に替えたいようだ。

(窪田伸雄)