旧優生保護法と進化論との関係に切り込まなかったNHK「視点・論点」
◆優生思想の解明必要
旧優生保護法下で不妊手術を強制された障害者らを救済する法案が11日、衆院本会議で全会一致で可決され、参院に送付された。与野党は月内の成立を目指している。被害者1人当たり320万円の一時金支給では額が低く、国の謝罪が明記されていないなどとして、原告らは法案に納得していない。
法が成立したとしても、被害者らの怒りは当然である。強制不妊手術に関わった当事者や団体がその思いを受け止め、重大な人権侵害という「負の過去」を将来への教訓とするには、国の責任において、旧優生保護法によって浮き彫りになった優生思想の実態をできる限り明らかにすることが不可欠である。
立命館大学副学長の松原洋子は17日、NHKのオピニオン番組「視点・論点」(Eテレ放送)に出演し、この問題について「強制不妊問題と国の責任」と題して解説した。松原は、強制不妊救済法案の前文で「我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする」としていることに対して、「なぜ『反省とお詫び』の主語を、『我々』ではなく『国』としなかったのでしょうか」と疑問を投げ掛けたが、その一方で、重要な指摘を行っている。
「確かに、強制不妊手術には、『国』だけでなく、都道府県、市町村、専門家の団体や、医療・福祉・教育の関係者、さらには家族なども関与していました」としたことだ。ただ、それらが「どのように優生手術に関わったのかを浮き彫りにする」には、国の責任が明確でないといけないというのである。
◆精神科医も深く関与
まったくその通りで、国の責任は明らかだが、そこにとどまるのではなく、強制不妊手術に関わった組織・団体については具体的に言及すべきだったろう。精神障害や知的障害などを抱える人々に対する強制不妊手術について、専門家と、専門的な知識を持たない家族を同列に扱うことはできないはず。その上、具体的言及がなかったことで、専門家の責任が曖昧となってしまった。
松原が「『不良な子孫』の出生防止」という優生思想について切り込むことを避けたことも不思議だが、そのことで強制不妊手術について重大な役割を果たした専門家やその団体の責任が浮き彫りとならなかったのが残念だった。
旧優生保護法下での不妊手術は、同意を含めると約2万5000人に行われた。強制不妊手術は約1万6500人で、対象となったのは、ほとんどが「精神病」「精神薄弱」だった。従って、不妊手術には産婦人科医だけでなく、精神科医やその団体が深く関わったことは明白である。
また、同法は、優生思想を体現化した法律という一面があることも重大な事実である。優生学は、自然選択による生物進化を説いたチャールズ・ダーウィンのいとこ、フランシスコ・ゴルトン(英国の学者)が提唱したもので、進化論を人間社会に応用したものであることはよく知られている。ナチス・ドイツのホロコーストも、その延長線上にある。
◆反省の動き鈍い日本
20世紀初め、日本より早く優生思想の影響で「断種法」を制定した欧米各国では、1970年代には、障害者に関する施策の転換が始まり、断種法も廃止されたが、わが国でそうした転換が遅くなったのはなぜなのか。
その背景には、日本の精神医療において、優生思想に対する反省の動きが鈍いということがある。強制不妊手術に深く関与してきた精神医学の団体から、今なお明確な反省や謝罪がないのは、日本の精神医学が唯物的な思想を今も引きずっているからではないのか。
こうしたことを考えると、松原には、国の責任だけでなく、精神医療が抱える問題にもっと言及してほしかった。国の責任とは、被害者救済だけでなく、旧優生保護法に関わるすべての実態を調査し、負の歴史の全体像を明確にすることではないか。一時金の支給だけでは、被害者に対する謝罪にならない。(敬称略)
(森田清策))