自力人工授精でできた“父子”を「新しい家族」と美化し「仰天」させた日テレ

◆本人の顔を出し紹介

 昨年12月23日付の本欄で、筆者はNHKEテレ「ねほりんぱほりん」(同5日放送)に出演したレズビアン(女性同性愛者)カップルの出産までの行動を批判的に取り上げた。女性2人が同じ男性から精子の提供を受け、それぞれ自力人工授精し出産に至っていたからだ。数年前までは、ほとんどの視聴者は自力人工授精する女性が存在することや、またNHKがそんな女性たちを出演させることには思いも寄らなかっただろう。

 それでも、この番組は訳あって顔を出せないゲストがブタに扮(ふん)する人形劇を通じて、本音を語るのを“売り”にする番組だから、レズビアンカップルは顔を出さなかったし、音声も加工して放送した。

 ところが、今度は同じく自力人工授精し出産した性同一性障害の女性を、本人の顔写真も含めて紹介する番組が出現した。日本テレビ「ザ!世界仰天ニュース」(2月19日放送)だ。世界各地で起きた、それこそ仰天するような事件・事故を紹介するドキュメントバラエティー番組で、この日は2時間スペシャル。五つの実話が取り上げられた中の一つが「俺が産む!パパ出産 想像絶する妊娠方法!?」(本紙番組欄)だった。

 「自力人工授精」と聞いても、ピンとこない読者が少なくないだろうから、解説しよう。幾つかある生殖補助医療の中で、不妊の原因が夫にある場合、妻の卵子と第三者(ドナー)の精子を体外授精させて子宮内に注入して妊娠を目指す方法(非配偶者間人工授精)がある。しかし、この人工授精については、結婚した男女つまり夫婦にしか行わないという取り決めが日本産科婦人科学会にあるので、医療機関は独身女性やレズビアンカップルを対象外としている。

 そこで、第三者から提供を受けた精子を、注射器のような器具を使って自分で体内に注入して妊娠を試みる女性たちが現れた。NHKに登場したレズビアンカップルは「精子バンク」(ネットですぐ見つかる)を通じて、1人の男性から提供された精子を使い、それぞれ自力人工授精し出産した。そうして生まれた異母姉妹をそれぞれの母親2人が育てているという“仰天家族”だった。

◆出産したのは「パパ」

 仰天レベルで、それを上回るのが日テレの「パパ出産」だ。番組に登場した「俊哉」の戸籍上の名前は「ありさ」。医師に、心と体の性が不一致の「性同一性障害」と診断された女性だった。胸の切除手術を受け、いずれ男性への性別適合手術を受けて、戸籍上も性別を変えようと考えていた。

 ところが、中学時代の友人だった女性と同棲生活を続けるうちに、自分と血のつながる子供が欲しくなった。そんな中、俊哉の理解者だった祖母が脳腫瘍で倒れ「ありさの子供を見たかった」と漏らしたのを聞いて、出産を決意した。まだ子宮と卵巣を摘出していなかったので、それが可能だったのだ。

 男性ホルモンの投与をやめると、数年ぶりに月のものがやってきた。友人の男性から精子提供を受け自力人工授精すると、1回目で妊娠し出産した。そればかりか、取材時には第二子を妊娠中だという。そしてこの実話は「そこには新しい家族の形があった」というナレーションを流し、もて囃(はや)す形で終わった。

◆子の人権の視点なし

 これでは、いくらバラエティー番組とはいえ、あまりに無責任ではないのか。古来、日本人は「子供は授かりもの」と言ってきたが、ここには妊娠・出産には目に見えない神聖な力が働き、だからこそ子供を大切に育てるのだという含意があった。

 だが、自力人工授精による出産を扱ったNHK、日テレの両番組には命の尊厳や親の責任、そして子供の人権という視点がすっぽり抜け落ちている。特異なケースを紹介しただけ、という言い訳が聞こえてきそうだが、こんな内容が堂々と放送されるようでは、番組に触発されて自力人工授精を試みる女性が増えることが懸念される。

 養子縁組が社会に浸透し、また生殖補助医療にほとんど規制のない米国では、子供を生み育てる「性的少数者」(LGBT)が増えている。これが同国で同性婚が合法化された一つの要因になった。日本も同じ道を辿(たど)ろうとしているように思えてならない。

(森田清策)