カショギ氏殺害でサウジ非難も戦略的重要性に言及しない米WP紙
◆皇太子の「責任」主張
米上院は13日、サウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏殺害をめぐって、ムハンマド皇太子の「責任」を主張する法案を通過させた。同時に、イエメン内戦に介入するサウジへの米国からの軍事支援の停止をも求めた。
米紙ワシントン・ポスト(WP)は、「サウジアラビア、さらにはトランプ氏への強力な拒絶」と、上院の法案採択への支持を表明した。だが中東でのイランの覇権拡大など、この地域の戦略的な重要性には触れていない。
カショギ氏殺害をめぐっては、事件が起きたトルコが、音声データの証拠などを基に、ムハンマド皇太子の関与を主張。トルコのエルドアン大統領は、米上院での法案採択の翌日の14日、「カショギ氏殺害の背後に誰がいるかを知っている。それを明確にしなければならないのはサウジだ」と揺さぶりを掛けた。
エルドアン氏は「残念ながらイスラム世界は真実と正義を求めなかった。ドルとリヤルの犠牲者だ」と経済的利益を守るために、事件の真相が覆い隠されようとしていると警告した。
事件をめぐってサウジは、当初関与を否定、その後、トルコから証拠が提示されると、サウジ人が実行したことを認めるなど主張を一転させた。
一方、米国では、中央情報局(CIA)がムハンマド皇太子の関与を認める判断を下しているとみられるものの、トランプ米大統領は、皇太子の関与の明言を避け、武器売却など経済的利益を優先する構えだ。
米上院での決議には、民主党だけでなく、共和党の一部議員が賛成票を投じた。米議会で、人権軽視など米国への信頼が失われることへの危機感が高まっていることの表れだろう。英BBCの米国務省担当記者によると、共和党幹部ボブ・コーカー上院議員は「トランプ政権の政策は、価値と利益のバランスを欠いているという認識が、上院での超党派の行動の多くに火を付けている」と指摘した。
◆二重基準の矛盾噴出
サウジをめぐっては長年、国内での人権侵害、宗教的不寛容などに対し、西側世界が目をつぶってきた歴史がある。産油地帯のペルシャ湾岸に位置し、西側にとってサウジの体制の安定は戦略的に欠かせないからだ。カショギ氏殺害でこの「ダブルスタンダード」の矛盾が噴き出した。
法案は、サウジ政府のこの事件に関する発表は「誤解を招き」、米サウジ間の「信頼を損ねる」と主張している。共和党が多数派の下院は、法案の審議を拒否、トランプ大統領も拒否権の行使を明確にし、現状では成立の見込みはない。しかし、「皇太子に関する真実を受け入れ、真実に基づいて行動することを拒否するトランプ大統領に対する強力な拒絶」(ポスト紙)であることは確かだ。
また、イエメン内戦をめぐるサウジ支援の停止を求めた法案は、大統領の戦争に関する権限を制限した1973年「戦争権限法」に基づくもので、同法に基づく法案採択は成立後初めてという。サウジはムハンマド皇太子の指揮の下、イエメンのイスラム教シーア派民兵組織「フーシ派」へ激しい空爆を実施してきた。多くの民間人が巻き込まれ、人道支援の供給が滞るなど「世界最悪の人道危機」と言われ、法案採択は米議会内で、イエメンへのサウジ介入に反発が強まっていることを示している。
内戦をめぐっては13日になってようやく、スウェーデンで行われた交渉で人道支援物資の荷揚げ港があるホデイダでの停戦で合意が交わされた。
◆両国関係修正する時
コーカー氏は、カショギ氏殺害事件でムハンマド皇太子が「指示し、監視し、責任があるものと思っている」と皇太子の関与を主張した。
ポスト紙は、上院での法案採択は「米サウジ関係は、このままでは続かない」ことを明確にしたと、両国関係の修正の必要性を訴えている。
カショギ氏は、ムハンマド皇太子の下での反体制派への弾圧やイエメン内戦での人道危機を非難してきた。これらの問題で米国は同盟国として、サウジに影響力を行使できる立場にあるはずだ。矛盾をはらんできた両国関係の修正の時期がきているのかもしれない。
サウジの人権、人道をめぐる問題への指摘は重要だが、勢力を拡大するイランへの対抗勢力としてサウジが地域の安定に重要な位置にあるなど戦略面からの指摘がなされていないのは残念だ。
(本田隆文)