アネハヅルのヒマラヤ越えの醍醐味写したNHK「ワイルドライフ」

◆鶴の中で最小の種類

 NHKBSプレミアム「ワイルドライフ」が9日、「アネハヅル 驚異のヒマラヤ越えを追う」のテーマで、そのヒマラヤ越えの醍醐味を映像と見事なナレーションで存分に伝えていた。

 番組冒頭、いきなり飛び込んでくる雪を頂いたヒマラヤ山脈(最高峰、8848㍍)。本当に、こんな高度を越えて行くことができるのかと思わされる。

 だが、ヒマラヤの山々に比べれば、小鳥のようなアネハヅルが懸命に羽ばたいて越えていく映像が続く。目を見張るような光景だ。

 ヒマラヤ越えをする鶴であるから、大きな鶴かと思いきや、体長は約90㌢。10種類くらいあるなかで、一番小さい鶴だ。

 大写しされたアネハヅルは、黒っぽい顔に眼の後ろから一筋の白い羽毛が横に伸びる。眼は赤いが、愛嬌のあるまなざしだ。

 夏の間、生活する空間はロシアやモンゴルの草原。他の動物との共存で、子育てにはリスクが多い環境だ。約20万羽が生息し、秋になると繁殖していたこの地を離れ、温暖な地、インドに渡って越冬する。

 急峻にそびえ立つヒマラヤ山脈を越えなければいけないが、高さが8000㍍もあるうえ、広がりも2400㌔㍍。越えて行くルートもさまざまだ。

 そのルートを特定して撮影可能な地点を定めないと、姿をとらえることはできない。ルートは長い間ナゾだった、という。

 樋口宏芳・慶応大学特任教授は、1995年、アネハヅルの渡りを追跡する合同調査に参加。

 ツルの体に電波発信機を取り付け、人工衛星で追跡したという。その結果、三つのルートを解明し、およそ4000㌔の長期飛行をしていることが判明した。

 撮影班は、この樋口教授のアドバイスを受けながら、渡りがよく見られるネパール北部にあるカリガンダキ渓谷へ。そこで、標高3200㍍もある尾根に陣取った。

 移動するものの中には、その年、シベリアで生まれて間もない生後3カ月のアネハヅルもいる。その子鶴も一緒にヒマラヤ越えをしなければ冬を生き延びることはできない。

 ただ、雛(ひな)鳥の成長のスピードは早く、一カ月ほどで、親鳥に近い体格となる。生後、3カ月でヒマラヤ越えも可能なのだ。

◆気温はマイナス30度

 とはいえ、上空の気温は氷点下30度、酸素濃度は地上の3分の1。カリガンダキ渓谷は風が舞い、時に、秒速20㍍の台風のような向かい風に遭う。一歩間違えば、方向性を見失い山壁に激突しないとも限らない。

 こうした過酷な条件下でも越えていくには、風を利用することだ。それをこなしていくアネハヅルを、山岳民族のシェルパ族は「風の鳥」と呼んでいる、という。

 撮影班が観察していると、飛行してきたアネハヅルの一団が、二つのグループに分かれ、一つのグループがどんどんと飛行の力が落ちてきたように見えた。

 よく見ると、翼が完全に出来ていない若鳥のグループだ。上昇気流に一旦乗るがまた下がる。このままだとヒマラヤを越えられないという状況になったが、危機一髪で風をつかみ、数百㍍を一気に上昇した。

 アネハヅルは様々な飛行の知恵と、ヒマラヤ越えに適した体を持っている。

 高度が落ちれば、上昇気流を探し、風に乗り、再度高く舞い上がる。こうして体力の消耗を防ぐというのだ。

 また、ヒマラヤ上空は空気が薄いため揚力が半分となる。羽ばたいて上昇するには、通常以上の体力がいるため、滑空などの独特の飛行術を身に付けてきた。

 さらに、肺に気嚢(きのう)という補助タンクのような部分があり、空気が薄いヒマラヤ上空を飛ぶときは、これを使って一度の呼吸で多くの空気を呼吸できるようにする。

 血中に特殊なヘモグロビンを持ち、たくさんの酸素を体中に巡らせることができるのだという。普通の渡り鳥は高度4000㍍が限界だが、アネハヅルはこうした特別な構造により、それが可能なのだった。

◆力利用し越える知恵

 アネハヅルのヒマラヤ越えの話は、よく聞いていたが、それが実際、どのような飛行だったのかは知らなかった。力任せに越えていくイメージしかなかったが、全く違っていた。

 不可能と思えることでも、ある力を利用して越えて行けることを、われわれ人間にも教えているように思う。

(山本 彰)