伊調馨選手へのパワハラ騒動をめぐり逆の立場で競い合う文春と新潮
◆文春は告発側に軸足
国民栄誉賞まで受賞した女子レスリングの伊調馨選手をめぐる「パワハラ」騒動は、見る者を不快にさせている。オリンピック4連覇という前人未到の偉業を達成し、国民的評価を受けているスポーツ選手がスポーツ以外の利害関係に巻き込まれて汚されている姿を見るのは辛い。早々に決着を付けてほしいという思いを抱くはの筆者だけではないだろう。
パワハラは告発する側とされる側に分かれる。双方に言い分があるが、角度が違えば同じものでも違って見える。まして、言葉のニュアンス、状況、経緯によって、受け取り方が180度変わってしまうから厄介だ。
週刊文春(3月15日号)と週刊新潮(同)がこの問題を取り上げているが、文春が告発側、新潮がされた側に軸足を置いた報じ方をしていて対照的だ。ライバル誌同士が意図したのかどうかは別にして、互いに砲門を向け合って報じるのは週刊誌の醍醐味(だいごみ)の一つでもある。
最初に“砲”をぶっ放した文春はもっぱら告発側の声を集めて「第2弾」を放った。「告発状のA」である田南部力氏、「B」の安達功氏が名前を明らかにして経緯を話しているのに加え、伊調選手の姉・千春さんの証言を多用している。もちろん、告発された栄和人日本レスリング協会強化本部長の言葉も載せているが、公平を期すための体裁程度の扱いに見える。
◆新潮は従兄弟に注目
これに対して新潮は逆の陣営から事態を眺める構えだ。栄本部長の重い口を開かせた。一部の報道では栄氏は「心身衰弱し日常生活困難」と伝えられ、かつての教え子からの告発に相当な衝撃を受けて憔悴(しょうすい)しているように報じられていた。「そんな気はなかったが、そう受け取られていたとしたら申し訳ない」と、悪気や故意があってのことでないことを強調していた。
その栄氏には思い当たる節がないわけではなかった。それが「従兄弟(いとこ)」の存在だ。文春では触れられていない。この人物が「伊調の従兄弟だ」というつながりから、栄氏をあるイベントに引っ張り出そうとして、結果的にトラブルになった。その意趣返しで「パワハラ告発」をしてきたのではないか、という読みだ。
従兄弟は「4年ほど前、恐喝容疑で警視庁に逮捕された」経歴の持ち主で、同誌は「『恐喝』『美人局』の常習犯というほかない」とし、「栄本部長は、いわくつきの人物に目をつけられたわけだ」と伝える。
このほかに騒動の背景には、田南部氏らの日体大と栄本部長の至学館の「権力闘争が潜んでいる」との読みも示している。
そんなことで、日本レスリング協会から警視庁まで巻き込んだパワハラ騒動に広がったのかとあきれるが、まだまだ真相はやぶの中だ。こんなさまざまな思惑と謀(はかりごと)が渦巻いている状況で、第三者委員会が真相に正しくたどり着けるのかどうか心配になる。それをこそ、週刊誌は監視すべきだろう。この際、両誌は一方に重点を置くのではなく、“客観中立”を堅持して眺めてみたらどうだろうか。
◆「選手第一」の報道を
情報提供者は何らかの狙いや意図を隠して近づいてくる。乗ったふりをして情報だけをつまみ食いできればいいが、一方を利することに手を貸す結果になるのは厳に慎まなければならない。「売らんかな」で刺激的な記事を出すことは商業週刊誌である以上、責められることではない。しかし題材を選ぶべきだ。アンタッチャブルとは言わないまでも、国民栄誉賞、五輪4連覇という存在は貶(おとし)めてはならない。
東京五輪まで2年。レスリング王国日本が内紛で力を落とすことになれば、他国を利することになる。プラスは何もない。もし日本のレスリング界に膿(うみ)がたまっているのなら、この際、一切を出し切って、スッキリとした体制で出直して東京五輪に間に合わせてほしい。
文春だけの情報なら、栄氏は“悪者”にされたままだったが、「従兄弟」の存在を出した新潮の記事で、栄氏は嵌(は)められた可能性もあることが分かった。両誌の競い合いがもたらした結果だ。一方に偏することなく、伊調選手をマットに戻してやるような報道を待つ。
(岩崎 哲)