性同一性障害を題材に「夫婦愛」を考えさせた「NNNドキュメント」
◆淡々と事実を伝える
メディアがLGBT(性的少数者)をテーマに取り上げる時、当事者の“自己決定権”ばかりを強調して左派イデオロギーによる社会変革運動に加担しがちになるが、性同一性障害を題材にしながら人権問題に偏らずに夫婦愛を考えさせた番組があった。
4日の日本テレビ「NNNドキュメント’18」は、「夫の心が女になった~夫婦ってなんだろう~」がテーマだった。
58歳の夫が突然、「心は女性」つまり「トランスジェンダー」(性同一性障害など)であることを告白した。離婚もあり得るケースだ。しかし、その夫と30年も連れ添ってきた妻(63)は「理解できない」ともがき苦しみながらも、夫を守ろうと努めるのだった。
この番組は、1970年から続くドキュメンタリー番組だ。これまで「文化庁芸術祭大賞」「日本放送文化大賞」など国内の賞だけでなく、日本のテレビ番組として初めて「国際エミー賞」も受賞している。
「人々の日々の喜怒哀楽を見つめ、生きる力となる“希望”や“絆”を描いてきた」(番組ホームページ)ことが日曜日深夜の放送ながら長寿を続ける理由である。今回も「私なら離婚する」「奥さんがえらい」など、視聴者の反応はさまざまだったろうが、説教調にならずに淡々と事実を伝えることで、夫婦の絆とは何かを考えさせる姿勢に好感が持てた。
◆妻への愛は変わらず
夫婦はクリスチャンで、教会で結婚式を挙げた。福祉関係の仕事をしていた夫は歌が好きでライブ活動もしていた。49歳の時、たまたま女装をして歌ったところ、好評を博す。そこから女装をして歌うようになり、妻も冗談として楽しんでいた。
だが、夫は自分の中に発見した「女の心」にどんどんのめり込んでいく。そして2年前、「女性の心を持っている」と告白。以来、「ローズ」と名乗ってミニスカート姿で生活するようになった。心は女性として生きることを決めたのなら、妻に対する感情が変化するのかと思いきや、彼の心は複雑で「心は女性でも、夫婦でいたい」という。
理解したくとも理解できない妻は「(夫の)性同一性障害が私を苦しめる」と苦悶の日々。夫婦で街を歩けば、冷たく好奇なまなざしを受け、肩身の狭い思いをする。
60歳近くにもなって女装していては、普通の仕事はできないと読者は思うだろう。しかし、世の中は広い。彼には理解者がいて、高齢者に歌の指導をする音楽インストラクターとして働いている。その一方、衣装や化粧品にお金がかかることから、スナックやバーでアルバイトもしている。
「自慢の夫だった」と、妻が語ったところをみると、夫はもともと人と接することが好きな性格なのだろう。そう考えると、「私は男性だが、心の中には女性の心がある」という自己分析は、何となく理解できるが、人との交流が好きな男性は多い。
◆性的指向とは別次元
では、性同一性障害とは、一体何なのか。要因の一つは胎児における脳の形成過程にあると言われるが、それで納得できるほど人の心は単純ではない。
夫婦の家に入ったカメラが夫との会話が途切れる時にうつむく妻を映し出していた。その姿から彼女の苦悩の深さが伝わる。さまざまな葛藤を抱えながらも、「私が守らないと誰が守る」「味方になろう」と語る彼女は、夫に対して子供を守る母親のような気持ちになっていたのではないか。
夫婦の間には、子供がいなかった。もし子供がいたら、夫婦だけの問題では済まなくなる。子供の反応次第では、夫に対する妻の姿勢は変わっていたかもしれない。また、同じ性的少数者でも、夫が性同一性障害ではなく同性愛であったなら、どうなったろうか。結婚生活の継続は難しくなったかもしれない。LGBTと、多くのメディアは一括(ひとくく)りにするが、性的指向と性自認はまったく次元の違う問題であることも、番組を見て考えさせられた。
トランスジェンダーが存在することで、人間を男女に分けることに疑義を唱えるようなことはせずに、「心は女性」という夫とそれを見守る妻の姿に密着したドキュメンタリーは、「心は女性」という男性が存在する現実を伝え、視聴者に性同一性障害を考えさせる上で効果的だった。ただ、30分番組では、難しかったのだろうが、自らの信仰の観点から、夫婦がどのような葛藤を持っているのかについては、ほとんど描いていなかったのが残念だった。
(森田清策)