裁量労働制を自ら採用しながら「安倍攻撃」に利用する朝日の二枚舌
◆破綻した労働価値説
「ビットコイン」。ネット上で使うもので、「仮想通貨」「デジタル通貨」とも呼ばれる。それが不正アクセスで数百億円が消えたというから「お金」の不思議さを改めて思う。
19世紀の英国の社会改革者、ロバート・オーウェンは「労働通貨」を考えた。商品の交換を純粋に労働量(労働時間)とし、労働時間を表示する労働通貨「時間券」を媒介とする「労働交換銀行」を実験的につくった。
すると、開業後間もなく、役に立つ商品がなくなり、無用なものや粗悪品、流行遅れの商品ばかりが残った。それで銀行は1年半で閉鎖を余儀なくされた。ここでの貨幣(時間券)はまったく意味をなさなかった。労働時間が長いからといって必ずしも良い商品が生み出されるとは限らないからだ。
経済学者の故小泉信三(元慶応義塾塾長)はこう論評している。「(オーウェンの)銀行が諸生産物の労働費用と消費者の必要から来た尊重度との不一致によって倒れたことを示すものである。それは独り一小銀行のみならず、これを一社会全体に適用しても、同一の構想は必ず同一の失敗に終るであろうことを示すものである」(『共産主義批判の常識』講談社)。
小泉はカール・マルクスのことを言っている。マルクスはオーウェンを空想的社会主義者と批判したが、その考えは踏襲し、労働量(労働時間)によって商品の価値が決まるという「労働価値説」を唱えた。その実験場となった旧ソ連では粗悪品ばかりがあふれ、消費者を満足させる社会をついぞつくれず、小泉の予言通りに崩壊した。
◆根強い労働時間神話
ところが、わが国には今なお、労働時間神話が残っている。安倍政権が「働き方改革」で掲げた裁量労働制への批判がそれだ。同制度は実際の労働時間がどれだけなのかに関係なく、労働者と使用者の間の協定で定めた時間だけ働いたと見なし、労働賃金を支払う仕組みだ。
すでに19業種で採用されており、安倍政権はその拡大を目指したが、野党は「定額働かせ放題」などと批判し、厚生労働省のデタラメ調査もあって改革法案から除かれてしまった。労働時間神話の根強さが思い知らされる。
日経夕刊「あすへの話題」(5日付)で、カルビー会長兼最高経営責任者(CEO)の松本晃氏が「時代遅れの働き方を変えるのに、日本は一体全体何年時間をかけるつもりなのか」とあきれている。氏は外資系企業やカルビーの経営に携わり、劇的に業績を伸ばしている。
「(外資系企業のときは)ボスは本国在住のアメリカ人。何の違和感もなく、私の提案を受け入れて全てを任せてくれた。倫理観を持って顧客のために、従業員のために、社会のために、最後に株主の良いことならば全ての権限を委譲してくれた」
その最初が裁量労働制だった。「長きをもって尊しとなさない」「求めているの時間ではない。成果だ」。それで残業手当も廃止。結果、ほとんどの人は残業しなくなり、かつ業績は急成長した。給料は大幅に増やした。「たしかに何をやろうともブラック企業は存在し、ゼロになることない。しかし、時とともに自然淘汰(とうた)されていく」。それにもかかわらず変わろうとしない。
◆自らの働き方言わず
では、新聞は裁量労働制をどう考えるのか。朝日は同制度について「研究開発職など専門性の高い仕事か、企業の中枢で企画・立案などの仕事に就く人が対象」と記すが(昨年12月27日付)、新聞記者にも採られていることに触れない。記者は夜討ち、朝駆けが当たり前で、時間に縛られていてはスクープをものにできないからだ。
朝日は裁量労働制を採っていないのか。採っているなら、労使合意が必要なので朝日新聞労組も認めているはずだ。本気で「定額働かせ放題」と思っているなら、新聞記者の労働実態を読者に披歴すべきだ。大学教授も裁量労働制だが、批判の急先鋒(せんぽう)の上西充子法政大学教授も自らの働き方には口を閉ざしている。
日経は「裁量労働拡大をいつまで先送りするのか」(2日付社説)、産経は「必要性示す議論立て直せ」(同主張)と、裁量労働制を支持する。左派新聞が自ら採用しながら「安倍攻撃」に利用するのは二枚舌のそしりを免れない。
(増 記代司)