夫婦別姓論議で経済的不利益のみ重視し「子の利益」無視するリベラル各紙

◆夫婦同氏は庶民感覚

 夫婦を同姓として「ファミリーネーム」(家族の呼び名)を一つにするのはわが国の伝統的な家族観に基づく―。

 こんなふうに書くと、別姓容認論者から、すかさず反論が出そうだ。江戸時代、庶民は氏(姓)を名乗れず、武士の妻は実家の氏を使ったので別氏だった、夫婦同氏(姓)は明治民法(1898年)による近代の所産、たかだか120年の歴史しかない、と。

 確かにそうだが、夫婦同氏は国家による単なる押し付けではなかった。明治初期、政府は氏の使用を義務化した際、武士と同様に夫婦別氏と定めた(太政官布告=1876年)。ところが、多くの人は従わず、同氏で申請した。「家族の呼び名」は一つ。それが庶民感覚だったからだ。

 戦後、国連で採択された世界人権宣言は「家庭は社会の自然かつ基礎的な集団単位」とし、社会や国の保護を受ける権利を有すると規定した(16条3項=1948年)。「個の尊重」を強調する現行憲法下でも「ファミリーネーム」を一つとする夫婦同姓にさほど異論は出なかった。

 ところが、家族から「個」の自立を目指す一部人々は現行の民法制度に対抗する「家族消滅モデル」と声高に叫ぶようになった(『家族法』大村敦志著)。人はあくまでも「個」、結婚しても「個」で、「親(父母)と子」から成る家族概念は希薄だ。それで夫婦同姓の民法を違憲だとする訴訟を起こしたが、最高裁は2015年12月、「(夫婦同姓は)家族の一員であることを実感し、対外的に示す意義があり、子供もその利益を受ける」として合憲判断を示した。

◆別姓「希望」1割未満

 これに対して今年1月、IT会社の男性社長が戸籍法の夫婦同姓を持ち出し、違憲だと訴えた。別姓容認派のメディアはこれに飛びつき一斉に報じた。日経と東京は1月11日付社説で訴訟を支持し別姓賛成論を張った。

 日経は、男性社長は結婚の際、妻の姓に改姓したが、仕事で旧姓を使用し続けたためビジネス上のマイナス面が多かったとし「精神的な負担だけでなく、『経済合理性からみても日本の損失』という主張には、説得力がある」とした。

 東京社説も「不利益をこうむる人が多い」と論じた。朝日は16日付社説で同様に言い、地方紙では北海道新聞(15日付)、琉球新報(16日付)、沖縄タイムス(同)などリベラル紙が続いた。

 いずれも経済的不利益ばかりに目を向け、最高裁が指摘した「家族の一員」「子の利益」については一顧だにしなかった。だが、夫婦別姓論議で問題視されたのはまさにこの点だ。法制審議会(法相の諮問機関)が1996年に導入を答申した際にも別姓が子供に好ましくない影響を与えないか、疑問が噴出した。それで別姓導入が見送られた。

 では、国民世論はどうか。内閣府は「家族の法制に関する世論調査」を2月10日に公表した(昨年12月調査)。これを朝日11日付は「選択的夫婦別姓、容認42・5% 過去最高」と報じている。容認派は増えたが、世論は二分しており、自ら別姓を「希望する」は容認派の2割以下、全体の1割未満だった。

◆「子への影響」報じず

 「子供への影響」はどうか。総理府の前回調査(12年)にこの設問があり、「子供にとって好ましくない影響がある」との回答が67%に上った。それが今回、朝日に書かれていない。他紙の多くは共同通信の配信記事だったが、そこにもない。まさか設問がなくなった? それで総理府のホームページを開いてみると、何のことはない、前回同様、調査結果が載っていた。

 それによると、「好ましくない影響がある」との回答が62・6%、とりわけ女性は64・9%だった。前回調査に比べ微減したとはいえ、依然として3分の2近くが子供への影響を懸念しているのだ。なぜ朝日も他紙もこの調査結果を書かなかったのか。「子供への影響」に関心がないのか、それとも抹殺したのか。

 明治民法のお手本とされた「ナポレオン民法」の起草者ポルタリスは「家族という小さな祖国を通じて人は大きな祖国に連なる」と述べている。朝日などリベラル紙は、家族という小さな祖国を壊して大きな祖国(日本)を潰(つい)えさせようとしているのだろうか。夫婦別姓論への疑念がそこにある。

(増 記代司)