産経誤報でも免責はされぬ沖縄2紙による米軍への「ヘイトスピーチ」

◆記事を削除して謝罪

 産経は昨年12月12日付に「日本人救った米兵 沖縄2紙は黙殺」との記事を掲載したが(ネット「産経ニュース」では同9日付)、2月8日付で確認できなかったとして記事を削除し、沖縄2紙に対する批判に行き過ぎがあったとして謝罪した。いったい何があったのか。産経の検証記事(8日付)によるとこうだ。

 昨年12月1日に沖縄自動車道で、軽自動車やYナンバー(米軍車両)など車6台の多重事故が発生した。事故ではねられて一時意識不明の重体となった海兵隊員について産経那覇支局長が「勇敢な行動がネット上で称賛されている」との情報を入手した。

 同夫人のフェイスブックや米NBCテレビの報道を確認した上で米海兵隊に取材したところ、海兵隊第3海兵遠征軍から6日、「別の運転手が助けを必要としているとき救った隊員の行動は、われわれ海兵隊の価値を体現したもの」との回答を得た。その際、沖縄県警には取材しなった。

 産経は海兵隊員の救助活動を報じない沖縄2紙についてネット版で「勇気ある行動は報道に携わる人間なら看過できない事実。『報道しない自由』を盾に無視を続けるようならメディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」などと非難した。海兵隊が日本人を救ったとしていたから、根拠がまったくなかったわけではない。

◆「救助」を確認できず

 これに対して沖縄2紙は「県警交通機動隊によると」との記事で、「Yナンバー車から外に出た米海兵隊員男性が、後方から来たYナンバー車にひかれた」としていた(琉球新報12月2日付)。同紙はそれから1カ月半以上を経た1月30日付で「『米兵が救助』米軍否定」「県警も『確認できず』」と報じ産経を批判。沖縄タイムスも2月1日付で同様の記事を載せた。

 この報道を受けて産経は1日に海兵隊を再取材。海兵隊は「最初の現場報告では(日本人の)車両を援助したということだった。後の報告では救出を完遂したということを確認できなかった」と回答したという。では「後の報告」はいつだったのか、それは書かれていない。

 毎日は沖縄2紙の報道を受け海兵隊に取材している(8日付)。それによると報道担当者は「誤りに気づき、投稿はすぐに削除され、訂正された」と説明した。「すぐ」がいつの時点だったのか、この記事にもない。「すぐ」の訂正なら、海兵隊は取材を受けた産経に伝えるべきだと思うが、そうした話はない。産経は沖縄紙からの批判報道まで訂正を知らなかったのだろうか。

 また「すぐ」に誤りが分かった海兵隊を沖縄2紙が取材していれば、もっと早い時点で産経報道を批判できたはずだが、そうした形跡もない。松永勝利・琉球新報編集局次長は毎日に「県警や海兵隊に取材して経緯が分かったので、(海兵隊員の)名誉に配慮して慎重に(1月30日に)記事にした」と話しているが、いつ県警と海兵隊に取材したのか明らかでない。

◆ひるまず批判続けよ

 こうして見ると、事の経緯には曖昧な点が多い。はっきりしているのは事故で車が横転し軽傷を負った日本人男性の証言だ。弁護士を通じて発表したコメントでは、米軍関係者に救助された記憶はない。他の事故車の日本人運転手が助手席ドアを開けてくれたので、はい上がって車外に出た。その後、駆け付けた米軍関係者が「大丈夫か」と声を掛けてくれた。その人物がはねられた海兵隊員と同一人物かどうかは分からないとしている(沖縄2紙3日付)。

 少なくとも米軍関係者が声を掛けていたのは事実で、男性は海兵隊員の安否を気遣い「一日も早い回復を祈っている」と述べている。いずれにしても産経は脇が甘かった。沖縄2紙に対する非難も感情的過ぎた。

 筆者は1月6日付「沖縄時評」で、沖縄2紙の米軍への「ヘイトスピーチ」の一例としてこれを取り上げた。産経が事実でなかったとしたので、この部分を削除する。だが、沖縄2紙の米軍への「ヘイトスピーチ」「偏向」は数え切れないほどある。それが今回の産経誤報で免責されたわけでは決してない。

 産経は脇を固め、ひるまずに沖縄2紙の「偏向報道」を質(ただ)し続けるべきだ。むろん筆者もそうする。

(増 記代司)