IS掃討後のロシアとイラン支配拡大に警鐘鳴らすWポスト紙
◆支配地の奪還にめど
イラクとシリアでの過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦は効果を上げ、両国のIS掃討は時間の問題となっている。だが、ISを取り巻く環境は複雑さを増し、長引くシリア内戦も相まって、IS後のシリア、イラク情勢は見えてこない。
米紙ワシントン・ポストは、社説「イラクとシリアでのイスラム国掃討後、何が起きるのか」で、トランプ政権には中東の「安全保障秩序をめぐる戦略がない」と警鐘を鳴らした。
ISのバグダディ容疑者がイラクとシリアでの「カリフ(預言者ムハンマドの後継者)制」の樹立を宣言して3年。ようやく、ISからの支配地奪還のめどが立ってきた。イラクでは、イラク戦後の権力の空白、多数派イスラム教シーア派の政治支配に反発するスンニ派を土壌に、北部で支配を確立した。
シーア派が支配する政府による、スンニ派にも受け入れられる統治が確立さなければ、ISの支配地を奪還したとしても、国内の安定は困難だ。また、イラン系のシーア派民兵組織がIS掃討作戦でイラク軍と連携しており、今後、イラク北部で影響力を増すのではないかと懸念されている。
◆対立激化狙うイラン
一方、シリアでは内戦が6年目に入り、IS、国際テロ組織アルカイダ系組織の台頭、ロシアの介入を受けて情勢は複雑さを増した。IS掃討では米国の支援を受けたクルド人勢力が活躍しているが、それに対抗する勢力として、ロシア、アサド政権、イランという構図がこのところ構造化し始めており、今後もせめぎ合いは続くとみられている。ポスト紙によると、それを物語っているのが、米軍によるシリアの戦闘機と無人機の撃墜と、イランによる中距離ミサイルでのシリアのIS攻撃だ。
イスラエル紙ハーレツ(電子版)は18日、イラン革命防衛隊がイラン西部からシリア東部のIS支配地に地対地中距離ミサイルを撃ち込んだと報じた。これは、テヘランの国会とホメイニ廟が襲撃され18人が死亡したことに対する報復だ。
ポスト紙は、両者は一見無関係だが、「原因に共通性」があるとしている。イランとロシア、シリアとイラクのシーア派勢力が「シリア東部のIS『首都』ラッカ陥落後の空白を支配」することを目指しているためだ。
シリア東部は米軍の支援を受けたクルド人勢力とシリアのアラブ人勢力による攻撃を受けている。この地域には「ラッカ南方に産油地域があり、(イラクの)バグダッドと(シリアの)ダマスカスを結ぶ陸路として重要視され、イランが支配をもくろみ、ロシアはこの地域から米国を排除しようとしている」という。
ポスト紙は、イランのミサイル攻撃はISへの報復とされているが「シリアでの軍事的対立を激化させたい」イランの意思の表れだと指摘している。シリアとイラクは、「トランプ政権が、シリアの砂漠での戦争に引きずり込まれるリスクを犯すことはない」とみて、軍事衝突をあえて激化させようとしているとみているようだ。ロシアが、米軍によるシリア機撃墜に激しく反発したのも、その一環としている。
◆見えない米国の戦略
トランプ大統領はイラクとシリアのIS掃討を訴え、介入を強めている。だが、その後の戦略は見えてこない。確かに、米国がシリアへの影響力を確保する「戦略的理由」はない。しかし、イランがロシアの支援を受けて地中海岸にまで支配を拡大することを阻止することは米国にとって「重大な利益」だ。イランがシリアでの影響力を増せば、国境を接するイスラエルにとっても「現実的な脅威」となり、米国にとってもそれは看過できないはずだ。
ポスト紙は「イランとロシアに対抗する戦術」の必要性を認めながら、「米国が受け入れ可能な安全保障秩序をつくり出す戦略も必要だ」と主張している。
英紙ガーディアン(電子版)も20日付社説で、IS掃討後、イランとロシアが影響力を増すことに懸念を表明。トルコ、サウジアラビア、カタールなど、中東情勢の複雑化を指摘しながら「誤解や偶発的事故が紛争の拡大」につながる可能性があり、「シリアの全勢力は、抜け目のない冷静思考が必要」と警告している。
(本田隆文)





