AIの技術的進歩がもたらす近未来社会の姿を分析した2誌
◆「アルファ碁」に注目
少し前に高校生の授業を参観したことがある。その授業は遠隔システムを使った英語の授業で、テーマは「将来消えてなくなる職業は何か」というものだった。都市部で英語を教えている教師が、地方で学ぶ生徒を対象に「コミュニケーション英語」を双方向のテレビ回線を使って授業を進めるというものだが、高校生から返ってきた答えは、「タクシードライバー」「バス・トラック運転手」「家政婦」など次々に挙ってくるが、中には「英語の教師」を挙げる生徒もいた。彼らが答える「消える職業」の根拠は、ロボットやAI(人工知能)の高度化によってそれらの職業が代替化されるというのである。
そうしたAIの技術的進歩を経済的な側面から週刊エコノミスト(6月27日号)と週刊ダイヤモンド(6月24日号)が特集を組んで分析している。ダイヤモンドはエコノミストほどの特集ではないものの、“AIファースト”を目指すグーグルに焦点を当て、同社が狙うAI戦略を紹介する。その一つの例が、最近メディアで注目を集めた「アルファ碁」である。
アルファ碁とは、グーグルが2014年に約4億ポンド(約680億円)掛けて買収した英国のAIベンチャー企業ディープマインド社が開発した囲碁AIだが、デビューから1年半ほどで世界のプロ棋士を打ち負かし、桁違いの強さを発揮している。特に、昨年3月に世界トッププロ棋士といわれた韓国のイ・セドル九段との5番勝負では4勝1敗と勝ち越したことは有名だ。
ダイヤモンドは、グーグルのAI戦略について「囲碁というゲームの世界だけでなく、囲碁界を一変させたアルファ碁の技術を活用し、現実世界をも変えようとしている」と指摘する。すなわち、「グーグルは人間の脳を模した最強の学習システムを開発しつつある」というのである。数百万、数千万の画像や音声データなどをAIに読み込ませ、それらを瞬時に解析することで短時間にしかも正確な対処法を見つけることができるようになるというのだ。少なくとも、医療・ヘルスケアやエネルギーの分野では着実にその成果が上がっているという。エコノミストは、「AIの機能を矢継ぎ早に進化させていくグーグルに対して、そのスピードについていけなければ、日本企業は家電やスマホに続く3度目の“敗戦”を喫しかねない」とも警告する。
◆将来なくなる職業は
一方、エコノミストは、AIが今後、投資や雇用などわれわれの身近な生活にどのように影響を与えていくのかを予測する。同誌は今後十数年のうちに、200職種の職業別の自動化率一覧を掲載した。技術的な自動化率が高ければ、その職業はなくなる可能性が高く、低ければ残る職業ということになる。一般事務では、秘書や速記者、行政書士などは自動化率が高く、専門職でも翻訳者、税理士、公認会計士、技術職では、電車運転士、トラック運転手なども高い方に分類されている。
こうしてみると、前述した高校生の予測もあながち外れているとは言えない。例えば、トラック運転手について言えば、政府は今年5月に未来投資戦略2017の素案を発表した。わが国が人口減少あるいは少子高齢社会という課題を抱える中で、「健康寿命の延伸」「物流における移動革命」「先端的なITを用いた金融サービス」を柱としてわが国の成長戦略を構築していくとしているが、運輸・物流に関しては、22年の商業化を目指し、AIを駆使して有人トラックの後ろに無人トラックを走らせる隊列走行も実現するとしている。仮に、その安全性が確保されれば、こうした取り組みはまさしくAIによる移動革命といっていいだろう。
◆魂を込めるのは人間
ところで、金融面でのAIの活用についてエコノミストは、「フィナンシャルプランナー(FP)やファンドマネジャーなど金融専門家でなければ提供できなかったサービスがAIを活用することで一般のサラリーマンや若年層にも提供できるとし、それはまさに「お金の世界の民主化」とうたっている。
膨大なデータを読み取り、それを的確に処理して最善の対処法を私たちに提供するAI。それは確かに劇的な社会変革を生む可能性がある。ただ、ここで見逃してならないのは、AIが万能であるわけではないということだ。例えば、将棋や囲碁を単なる勝ち負けの世界で見るならば、それは虚しいものである。よく囲碁や将棋をする人は、囲碁や将棋を「礼に始まり礼に終わる」ゲームという。仁義礼の世界をつくっているのだ。AIが正確で迅速で大量に処理できるとしても、そこに魂を込めるのは人間であるということを忘れてはなるまい。
(湯朝 肇)