「未来型交通の時代は目前」を強調するNW日本版の記事は疑問
◆時速は1220キロ?
ニューズウィーク日本版6月6日号で「夢の交通システム ハイパーループ」と題し「超高速の次世代輸送技術」について取り上げている。
ハイパーループは「気圧を下げたチューブ内をポッドと呼ばれる輸送車両が空中に浮いた状態で移動する未来型の交通システム。空気抵抗と摩擦抵抗を限りなくゼロに近づけられるため、理論上は最高速度が時速1220キロにも達する」という代物だ。
読者のうちには初耳の方も少なくないだろうが、この種の高速輸送技術については、ハイパーループの他、ハイパーチューブなどの名称で米国、カナダ、中国、韓国などで実用化に向け実験が行われている。今のところ米国が一頭地を抜いているようだ。
記事はアンソニー・カスバートンという記者の文の翻訳。「ハイパーループ」構想は、若くしてスペースX社の共同設立者になった米国の起業家、イーロン・マスクによって2013年に発表された。今、旅客機が出せる最大速度は時速1000キロ前後だから、地上の乗り物ながら、ハイパーループはそれ以上を目指している。ベンチャー企業にとって格好の開発の対象、ビジネスチャンスというわけだ。
◆規制のクリア必要
開発事業を推進するのは、「ハイパーループ・ワン」(H1、米国の新興企業)。今年4月には、コンペなどを通じ11のルートを選定し、「全てが実現すれば、全米35州の都市を結ぶ全長約6700キロの路線が整備されることになる」に至った。
それを受け同執行社長の「コンピューター、通信、メディア、鉄道、自動車、航空宇宙-アメリカは地球規模のイノベーションで常に先陣を切ってきた」「今、21世紀の交通技術に初の偉大なブレイクスルーをもたらそうとしている。これにより時間と距離の制約がなくなり、とてつもなくビジネスチャンスが生まれる」というコメントを紹介している。
記事は「未来型交通の時代はもう目前に迫っている」と締めくくっているが、果たしてそうか。
一説には、19年までに貨物列車として運行を開始し、21年までに人を乗せて走行予定だ。総工費は70億ドル(約7500億円)前後で、計画されていたカリフォルニア高速鉄道の10分の1ほどに抑えられるという。いいことづくめのようだが、構想が13年、それから10年もたたないうちに実用に供されるのは、安全性の面で不安が先に立つ。
日本のリニアは1997年に試験走行が開始されてから、2027年の開業までに30年の期間を費やしている。「ハイパー・ループ」はまだ車体を浮かせた状態でのテスト走行の段階だ。
また「路線整備するには、連邦・州レベルの数々の規制をクリアしなければならない」と、さらっと書かれているが、実際にはこれが難題だ。飛行機や自家用車が主要な移動手段の米国。街から街へ有機的につながっているハイウエー・ネットワークの、自国経済への貢献度は、いかに強調しても過ぎることはない。これまでも、ハイウエーに替わる公共の高速鉄道網の整備計画があったものの、積極的には推進されていないのも、生活基盤が飛行機や自家用車のためだ。
旅客機以上のスピードという点は、米国人を引き付けるかもしれない。しかし全土に網の目のように広がるハイウエー・ネットワーク社会の土台を脇に置こうという機運は今のところ起こっていない。社会を人体に例えると、移動・交通手段は血管のようなものだから、単に速度だけが問題ではないのだ。
◆中東で先行の可能性
ただし、今回、ニューズウイークが取り上げたのは、「動力源は太陽光や風力などの再生可能エネルギー」だという点に注目したからかもしれない。米国は、大量消費、大量廃棄型のライフスタイルが社会の隅々に定着している。その一方で人々は、省エネや再生可能エネルギーと聞くと、先進的な技術と見なし、すぐ飛びつくところがある。「ハイパー・ループ」が米マスコミで取り上げられるゆえんだろう。
記事では、「(資金が潤沢な)アラブ首長国連邦(UAE)でアメリカよりも先にハイパーループが実現するかもしれない」とある。しかし、地質や気候の違いが技術に与える影響をいかに克服するのか、「夢の交通システム」はまだ夢のうちだと、筆者は思う。
(片上晴彦)