万感の思いこもる統幕長発言を「自衛官は黙れ」とばかりに難じる左派紙

◆「逸脱」と決めつける

 「自衛官は黙れ」。まるでそう言わんばかりの左派紙の論調だった。自衛官トップの河野克俊統幕長の発言をめぐってのことだ。

 河野統幕長は日本外国特派員協会で開いた会見で、自衛隊を憲法9条に明記しようという安倍首相の改憲構想について聞かれ、「統幕長の立場から申し上げるのは適当ではない」と前置きした上で、「一自衛官としては、自衛隊の根拠規定が明記されれば、非常にありがたい」と述べた(各紙24日付)。

 これに対して朝日25日付社説は「軽率すぎる改憲発言」と物言いを付け、「政治的な中立性を逸脱すると言われても仕方がない」と批判した。「自衛官は黙れ」とも受け取れる高飛車な言いざまだ。

 一方、琉球新報は同日付社説で「法を逸脱した統幕長の発言は平和主義を柱に据える憲法を掲げるこの国にとって危うい兆候だ」と、こちらは「法を逸脱した発言」と決めつけている。毎日は27日付社会面で「批判逃れ『個人の見解』」と、護憲学者を使って河野発言を指弾した。

 こんな言い掛かりに産経は黙っておれなかったようだ。26日付主張は「自衛隊員は命をかけて国を守っている。首相の問題意識は、その組織がなお『違憲』とも指摘される状況を解消することにある。当事者として、自衛隊の存在が肯定されるなら率直に歓迎するというのはごく自然ではないか」とし、「自衛隊員の名誉を守った」と左派紙とは逆に高く評価した。

 自衛隊法施行令は、隊員が政治的目的のために官職、職権その他公私の影響力を利用することを禁止している。だから河野氏はわざわざ統幕長としての発言でないと断っている。それを「軍事組織の政治介入などと唱えるのは、自衛隊を否定的にとらえ、敵視する姿勢さえうかがえる」と産経は左派紙の姿勢を厳しく批判している。

◆左翼勢力からの迫害

 「ありがたい」という言葉は軽率に出たものではあるまい。自衛官の万感の思いがこもっていると見るべきだ。自衛隊は創設以来、左翼勢力から違憲扱いされ、さまざまな迫害に遭ってきた。自衛官の子供は「違憲の子」「人殺し集団の子」などと、今でいうヘイトスピーチにさらされ、いじめを受けて転校を余儀なくされた子もいた。

 とりわけ沖縄では反自衛隊闘争が熾烈(しれつ)を極めた。本土復帰後に那覇に駐屯した陸自第1混成団への迫害は語り草だ。首里出身で第2代団長を務めた故・桑江良逢氏(後に自民党県議)の『幾山河-沖縄自衛隊』(原書房)はそうした苦労を記して余りある。

 これは昨秋の話だが、沖縄県警のある機動隊員は反対派の活動家から「おまえの子供を学校に通わせなくしてやる」「八つ裂きにしてやる」などとののしられた(産経10月21日付)。自衛官も同じような脅しを受けてきた。

 民主党政権下では時の官房長官(仙谷由人氏)から「暴力装置」と呼ばれた(2010年11月18日、参院予算委員会)。自衛隊は国会で成立した法に基づき統制されており、「暴力」(乱暴な力、無法な力=広辞苑)装置ではあり得ない。仙谷氏は発言を撤回したが、自衛官の心を傷付けた。

◆訓練にも参加できず

 防災活動でも何度も苦杯をなめさせられた。革新市長が1969年から5期20年も続いた神戸市では自衛隊は防災会議から排除され、訓練にも参加できず、阪神大震災(95年)では涙を呑(の)んだ。

 三宅島噴火(2000年6月)では大型輸送艦『おおすみ』で全島民を避難させたが、朝日は『おおすみ』が空母に似ていることから就航当初から批判し、「救助活動で批判がかわせるとの思惑もちらつく」(同6月28日付)と書き、島民を呆(あき)れさせた。

 この島民避難を教訓に自衛隊は同年9月の東京都総合防災訓練に初めて本格参加した。ところが、朝日は「自衛隊が前面に出たものものしい訓練には『防災に名を借りた軍事演習』との批判の声も上がった」と、左翼の主張を代弁し、「備えは自衛隊 憂いあり」と、自衛隊を「憂い」とまで言った(同9月4日付)。

 こんなふうに自衛隊を違憲呼ばわりした朝日記事は枚挙に暇(いとま)がない。統幕長の「ありがたい」発言にはそんな背景がある。それを「黙れ」とは-。いつまで自衛官を貶(おと)めるのか。

(増 記代司)