金正男氏暗殺事件報道であえて「韓国国情院犯行説」を唱えた新潮
◆正恩氏が殺害指令?
北朝鮮の故金正日総書記の長男・金正男氏がマレーシアの空港で暗殺された。新聞、テレビ、雑誌はこの話題で持ちきりだ。連日の報道で事件の概要は分かりかけているが、肝心の「なぜ?」「誰が?」が解明されていない。こういう時こそ週刊誌の出番である。
週刊文春(3月2日号)は金正男氏の「日程を知る在日の秘書役」を追った。「朝鮮総連関係者」が明かす「九州地方出身で六十代の北朝鮮国籍をもつK氏」という人物だ。正男氏が“来日”して、銀座や赤坂のクラブに行き、「広域暴力団の組員と友人関係」になったのも、「K氏の手引きによるもの」だという。さらに、最近は「マレーシアやシンガポールなどへ旅行する際、常に行動を共にしていた」のだそうだ。
そのK氏がなぜか今回のマレーシアには同行しなかった。そこに総連関係者は注目する。K氏が「本国から何らかの情報を事前に得ていたのではないか」というのである。これはつまり、北朝鮮がマレーシアで正男氏に何かを仕掛けることを知らされていて、同行しなかったのではないかと推理できる。「暗殺は北朝鮮の仕業」ということを強くほのめかしているのだ。
それに現在世襲している異母弟の金正恩労働党委員長は、正男氏に対し「血統を巡るコンプレクス」があったといい、5年前から「正男殺害の継続指令」を出していたというから、それがいつ実行されてもおかしくなかった。
◆北朝鮮と同様の主張
これに対して、週刊新潮(3月2日号)は見解が違う。「正男が狙われる理由として、現体制批判をしていたり外国での亡命政権を樹立する可能性が取り沙汰されたが、『少なくともここ1年、彼からそんな話を聞いたこともありません』」と「金正男の側近のひとり」は同誌に語る。つまり、北朝鮮が「特にいま彼を標的にする理由がないということ」である。
では誰が正男氏を襲ったのか。「韓国の情報機関、即ち国家情報院」だという。奇(く)しくも、現在、北朝鮮がしきりに主張していることと同じだが、国情院がやった理由として、この「側近」は次のような分析を同誌に語った。
韓国では次期政権には「従北」「親北」勢力が座ることは確実だ。北と「蜜月を築く」かもしれないほど「北朝鮮と近い」政権となる。これは国情院にとっては「悪夢のような時代」が来ることを意味する。そこで、「北の仕業に見せかけ近未来の蜜月関係を回避する」ために「金正男を暗殺した」という三段論法なのだ。さらに、「金一族のレジームを変えたいと願っている北の反体制の連中と結びついた謀略ではないか」とも見ているという。
北に今、正男氏を殺す必要がない理由として、「関西大の李英和教授」はこう語る。「2月16日は金正日の生まれた日で、北朝鮮では『光明星節』という祝日になっている。そこで、正日にとっての息子である正男を殺したと報告するのか。どう考えたって不自然」であると。
それに手口があまりにも「杜撰(ずさん)」だ。特別に訓練も受けていない素人の外国人女性を使い、多数の監視カメラがある国際空港で犯行に及び、世界中のメディアから注目を浴びるようなやり方は、これまで北朝鮮が行ってきた破壊工作や暗殺とは違う。
◆情報源は北の関係者
こうしたことから、同誌は北朝鮮の犯行ではないと見るのだが、マレーシア警察の捜査結果や数々の状況証拠は北朝鮮を指しており、否定するのは難しいだろう。それにいくら近い将来の「親北政権」の対北政策を牽制(けんせい)すると言っても、中国が保護してきた金正男氏を暗殺する冒険を国情院が犯すとは考えられない。
「北朝鮮の仕業」という見方が大勢の中、あえて「韓国(国情院)がやった」という記事をぶつけてくるのは、いかにも新潮らしい“天(あま)の邪鬼(じゃく)”ぶりで面目躍如ではあるが。
もっとも、文春の「総連関係者(と彼の知るK氏)」にしろ、新潮の「金正男の側近」にしろ、いずれも情報源は北関係者であり、北による週刊誌を使った巧妙な攪乱(かくらん)乱工作という感じがしないでもない。かといって、韓国情報の確度が高いかというとそうでもない。国情院は最初「毒針で殺害」と言っていたぐらいだから。
(岩崎 哲)