地政学的な視点から世界を読み解く必要を訴えるダイヤモンド

◆まさに時代の転換期

 きな臭い時代に入ったとまでは言わないが、世界は今、混迷の度合いを深めている。マスコミは常日頃から何かあると、ことさら「時代の転換期」を強調する。しかし、その言葉は、今のこの時こそぴったり合う、といっても過言ではないだろう。その要因の一つが、トランプ新大統領の登場だ。

 グローバリズムがトレンドだった世界の潮流がトランプ大統領によってブレーキがかかり、大国による一国中心主義が頭をもたげようとしている。英国の欧州連合(EU)離脱、中東の内戦から伴う移民・難民の増加、そして中国の海洋覇権拡大が生み出す南・東シナ海での軋轢(あつれき)。まさに大国のむき出しの欲望と恨みの塊が他国への不安と懐疑を増幅させ、それぞれ連鎖して大きな相関関係をつくり、近い将来、巨大な衝突のエネルギーを発散すると見るのは筆者だけであろうか。

 週刊ダイヤモンドは1月28日号で、今の世界情勢を「新地政学」という見出しを付けてひもとこうとしている。同誌は特集の見出しにこうつづる。

 「2017年1月20日、世界は混沌の劇変時代に突入した。この日、落日の覇権国のトップに立ったドナルド・トランプ米大統領。自国を最優先する彼が指揮する外交の先に待つのは、弱肉強食のパワーゲームだろう。歴史に学びながら、冷徹な現実主義に基づく地政学的視点からトランプ後の世界を読み解いた」

◆覇権戦争勃発の恐れ

 週刊で発行する経済誌は、不定期ではあるが経済史や経済学をよく特集する。歴史上で起こった経済事件ばかりでなく、経済思想・経済学説といった幅広い分野を取り上げて現代を見詰めていく。ただ、これまでに「地政学」に焦点を当てて特集を組んだ例は少なく、ここ数年ではダイヤモンドが昨年2月23日号で扱っているにすぎない。

 そもそも地政学とは、地理的な環境が国家に与える政治的、軍事的、経済的な影響をマクロ的視点で研究するもの。かつてナポレオンは「一国の地理を把握すれば、その国の外交政策を理解することができる」と語っているが、地政学が学問として体系的に捉えられたのは19世紀後半からである。もちろん、地政学的に一国の地理的環境を理解するとは、単にその国の地形や気候条件といった表層的なものだけでなく、歴史や文化・宗教、さらには国民性を理解していかなければならないのは言うまでもない。

 さて、1月28日号のダイヤモンドは、トランプ氏に焦点を当てながらトランプ前とトランプ後の世界を見る。その中で興味深い箇所が幾つかあったので、それを紹介してみたい。

 一つは、覇権戦争勃発の可能性について。同誌は、古代ギリシャの歴史家、トゥキュディデスの教訓「新たに頭角を現してきた大国が既存の覇権国に挑戦した場合、最終的には戦争に突入する」を引き合いに出して、過去500年の既存の覇権勢力に挑む新興勢力の挑戦を分析したところ、「16回あり、うち12回で戦争に至った」と指摘する。その上で、現在の米中関係を見れば、「台湾問題、尖閣諸島問題、南シナ海問題など不安定要素は事欠かない」とし、「ささいなほころびや判断ミスが取り返しのつかない衝突を引き起こしかねない」と警鐘を鳴ら

◆通商ルールの変更も

 そして、もう一つ取り上げたい箇所がトランプ後の世界についてである。これまで世界のルールメーカーであった米国が、その役割を“辞任”し、その空白を中国が埋めるようになる、というのである。

 「オバマ前大統領は中国の挑戦に対して、覇権の防衛を強く意識してきた。…。TPP(環太平洋経済協力連携)から米国が離脱すれば、…、TPPではなく(中国が主導する)RCEP(東アジア包括的経済連携)が世界の通商ルールのスタンダードになりかねない」とし、「『米国第一主義』を掲げ、『理念より取引』とやゆされるトランプ政権では、そんな米国の役割も消え去るだろう」と断言する。ダイヤモンドは、今回のトランプ政権の誕生によって、「通商史上まれに見る劇的なルールメーカー交代が今、おきつつある」としている。

 ただ、ここで見逃してはならないのは、例え国内総生産(GDP)が世界第2位の経済大国だとしても、中国はあくまでも「共産党一党独裁」国家なのである。

 共産主義を国是としている限り、自由貿易での覇権を握ったとしても短期間で矛盾が生じ瓦解するのは必至。また、トランプ大統領がいくら一国中心主義だとしても、これまでの通商ルールメーカーを簡単に明け渡すほど愚かではないだろうし、それを期待したいものである。

(湯朝 肇)