「慰安婦問題」解決には硬軟両面が必要と気付かせる新潮の特集記事

◆「強硬措置」に猛反発

 日韓関係がまた緊張している。一昨年の日韓合意にもかかわらず、駐釜山日本総領事館前に「慰安婦像」が設置されたことに対し、日本政府は韓国大使と総領事を「一時帰国」させ、通貨スワップ協定協議の中断、経済ハイレベル協議延期、領事館員の地元行事参加見合わせという「強硬措置」を打ち出した。

 韓国外交部(外務省に相当)はお定まりの「遺憾」を表明し、「合意の履行」を改めて確認したが、釜山領事館前の慰安婦像設置にはただ手をこまねいていただけで、判断は釜山市東区という末端の行政組織に丸投げして、責任を放棄していたことなど、まったく念頭にない様子だ。

 合意以降、韓国政府はほとんど何もしてこなかった。ソウルや釜山の公館前から慰安婦像が撤去される目途(めど)はまったく立っていないどころか、全国で「60」とも「40」とも言われる慰安婦像が増殖を続けている。

 大使の一時帰国は「召喚」に次ぐ厳しい対抗措置で、「日本政府の強い覚悟」が伝わるものだが、韓国にとって痛撃となったのはスワップ協議の中断である。現在は十分な外貨があり、中国や米国などと協定を結んでいるものの、トランプ新政府が誕生する米国がどのような通商対応に出てくるか読めず、また10月に期限が来る中国との協定も延長協議を呼び掛けているが、サード(高高度防衛ミサイル)設置問題に反発して中国が協議に応じていない。

 いざという時、韓国が外貨不足に陥る懸念は十分にあり、頼みの日本に手を引かれるのは相当にこたえるはずだ。しかも、日韓スワップはもっぱら日本が韓国を助けるもので、日本側の必要性や重要度は低い。協議を中断しても日本側は痛痒(つうよう)を感じないことが、さらに韓国側を慌てさせている。

 そうした事情もお構いなしに、韓国では反発が広がっている。日韓合意に基づいて日本側が支払った「10億円」を突き返し、合意を破棄せよという強硬意見が大統領選を睨(にら)んだ候補者らから飛び出し、国民の喝采を浴びているといった状況だ。

◆日韓合意で誤認拡大

 こう見てくると、既にやることはやった安倍首相側の“攻め”が効いて、ボールを打ち返せずにいる韓国側が苦境に陥っているように見える。だが、「そうではない」というのが拓殖大学の呉善花教授で、週刊新潮(1月19日号)で解説している。

 呉氏によると、そもそも日韓合意で、「複数の英語圏の大手メディアは“日本が女性を性奴隷にしていたことを認めた”と誤まった記事を書きました。つまり、世界では合意によって、日本が女性の人権を蹂躙した酷い国であるという認識が広まっている。そんな状況下では、韓国が合意を破ろうと関心を持たれません。日本こそ非難すれ、誰も韓国は咎めないでしょう」というのだ。

 さらに、日韓の関係改善を斡旋(あっせん)したのはオバマ政権で、トランプ政権が「どのようなスタンスで臨むかは全く未知数」ですと、「政治部デスク」は同誌に語っている。

 てっきり安倍首相が「道徳的優位に立って」米国政府も味方に付け、「困った韓国が音を上げるのを待つだけ」だと思っていたが、そうではないという見方なのだ。

◆「情緒」が先に立つ国

 「京都大学の中西輝政名誉教授」は、「日韓の請求権は日韓基本条約で解決されたというのが、日本が戦後一貫して主張してきた対韓外交の柱でした。その原則を捨て、代わりに守られる見込みもない約束を韓国と結んだ安倍総理が、予想通り裏切られただけ」と突き放している。

 国際社会の約束事より「国民情緒法」(産経新聞の黒田勝弘・ソウル駐在客員論説委員)が先に立つ韓国を相手に安倍官邸は理詰めで攻めている。もちろん、国際基準に則(のっと)ることは必要だが、問題を「最終的、不可逆的に」解決しようとするなら、「情緒」面でも周到な手を使う必要がありはしないか。

 かつて、首相就任後、十分な根回しの上、初の外国訪問国として韓国を訪れた中曽根康弘首相は、韓国語で歌を歌うなどして韓国官民の心をがっちり掴(つか)んだ。駆使できる人脈もあった。時代や状況が違うとはいえ、解決には硬軟両面が必要で、それに気付かせる記事だ。

(岩崎 哲)