時代の世界的潮流が変わりつつある状況を分析したエコノミスト

◆力の入った新年予測

 2016年は世界を驚かす事件が相次いだ。その一つが英国の欧州連合(EU)離脱表明(6月)。もう一つが米国大統領選のトランプ氏の勝利(11月)。さらに隣国・韓国での朴槿恵大統領の弾劾(12月)である。これらはすべて大方の予想に反しての決定であっただけに衝撃度は大きかった。英国のEU離脱表明は欧州統合に疑問を投げ掛け、トランプ氏の勝利は世界経済にもろに影響を与え、そして朴大統領の弾劾事件は東アジアの動向に大きな不安要素として波紋を投げ掛けている。まさに、米国、欧州、東アジアにおいて世界を震撼(しんかん)させる大問題が同時に起きていることを考えれば、おのずと17年は一体どんな年になるのだろうか、と思うのは筆者だけではあるまい。

 そこで週刊エコノミスト、週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済の3誌は年末・年始合併号(エコノミストは1月3日・10日号)でそろって17年の予測を展開した。各誌の新年予測は毎年恒例の企画だが、とりわけ今年はそれぞれ論調に力が入っている。各誌の表紙見出しを見ると、ダイヤモンド(12月31日・1月7日号)は、「2017年総予測 来るぞ新時代!」、東洋経済(同号)は「2017年大予測 破壊され生まれ変わる世界と日本」として新しい時代の幕開けを印象付ける。一方、エコノミストは「世界経済総予測2017 反グローバリズム 反EU トランプノミクス」と題して時代の世界的潮目が変わりつつある状況を分析。とりわけ、東洋経済とダイヤモンドは予測が経済に限らず、東京五輪やゴルフ・サッカーといったスポーツから腰痛の治し方やアイドル論などの健康、文化の分野に至るまで多岐にわたる。ダイヤモンドに至っては、今年が明治維新からちょうど150年の節目に当たることから、「明治維新150年 学び直し日本近代史」という付録まで付けるありさま。もちろん、各誌ともメインは経済予測で株価や為替、原油や金などの動向予測はきちんと据えている。

◆秩序崩壊時の茶番劇

 そうした中で目を引いたのは、エコノミストに登場している水野和夫・法政大学教授、小野塚知二・東京大学経済学研究科教授、宗教学者の山折哲雄氏の論文である。水野教授は、19世紀のスイスの歴史家ヤコブ・ブルクハルトの言葉を引用し、「歴史の危機とは既成秩序の崩壊を意味する。…古い秩序が崩壊する過程で、エスタブリッシュメント(既存勢力)は新興勢力に糾弾され、政治勢力は右へ左へと大きく振れるようになる。こうしたうねりの中で、『希望という名の華々しい茶番劇が繰り広げられる』」と現在が「歴史の危機」の状況にあることを説明し、その上で、今回の米大統領選に関しては、「中産階級から脱落した白人ブルーカラーがトランプ氏に希望を見いだし、票を投じた。だが、トランプ氏の政策は80年代のレーガノミクスの焼き直しであり、新秩序になるものではない。つまり米国で起きているのは、新秩序への移行ではなく茶番劇である」と言い切る。そういう視点からすればEU離脱を求める極右政党の台頭もまた茶番劇と指摘する。もっとも水野氏は、すぐにでも新秩序世界へ移行するとは考えていないようだ。「歴史の危機で一つの秩序が終わり、次の秩序へと向かうには人々の世代交代を待つ必要がある」と語る。

◆多元的価値観容認を

 もう一人、小野塚教授は「被害者意識に彩られたナショナリズムへの回帰」と題して感情的なナショナリズムに警鐘を鳴らす。「第一次世界大戦が開戦した1914年7月の危機に作用したのと同様な内政と民衆心理の相互作用は、近年の欧米諸国と日本で目立つようになった右翼的、排外的傾向の背後にも検出できる」と小野塚氏は指摘する。もちろんナショナリズムといっても純粋な愛国心に由来する愛国主義であれば決して非難されるべきものではない。ただ、国内の失業や構造的不況、貧困、格差といった問題に対して外国や“裏切り者”のせいするといった感情的排外主義にとりつかれたものであれば、小野塚氏が語るようにそのツケはいずれ大きな損害となって返ってくることは間違いない。

 一方、山折氏は宗教者の立場で現代を捉えている。「戦後に高く掲げられた旗は、国際連合を中心とした国際協調主義だった。他の文明や政治体制、経済圏と連携を言い続けてきた。実際はいろいろなところで破綻し始めている」と語り、これまでの各国の連携協調する「依存」し合う関係から「脱却」する方向にあるというのである。こうした状況を打開するには、一神教に基づく普遍主義ではなく日本古来の多神教による多元的な価値観を認め合う土壌風土を世界に発信する必要があると説く。

 今年の各誌の新年予測を見ると、分量ではエコノミストに比べて東洋経済、ダイヤモンドが圧倒的に多いが、「現代」という時代を読み解くという視点からすれば、エコノミストに深みがあったと言える。

(湯朝 肇)