米大統領選での世紀の番狂わせで混乱状態の各誌「トランプ特集」
◆外交も損得で判断か
週刊誌はどこもかしこも「トランプ特集」である。大方の予想を覆して共和党大統領候補のドラルド・トランプ氏が当選を果たした。日本では対抗馬、民主党のヒラリー・クリントン氏当選が当然視されていただけに放心状態だ。衝撃から醒(さ)めると「なぜトランプなのか」「これからどうしたらいいのか」を考え始めた。そういう混乱が各誌の誌面を埋めている。
サンデー毎日(11月27日号)は「在日米軍縮小で自衛隊大増強か」と先走った見出しを掲げている。その中でまともなことを言っているのは「元航空自衛隊幕僚の評論家、潮匡人氏」だ。トランプ氏は外交を「善悪ではなく損得で考える人に見えます」と指摘する。留意すべき点だ。
かつてジョージ・W・ブッシュ大統領は「善か悪か」で世界を分けた。揚句の果て、「悪の枢軸」とまで名指して幾つかの国を非難した。「化学兵器がある」として攻めたイラクはおかげで大混乱に陥っている。しかも後になって「化学兵器はなかった」と国連が結論を出した。それよりはマシということか。
しかし「損得」で日米関係、外交関係を見ていくと、不都合なこともある。もし、日本と組むよりも中国と手を結んだ方が「得」だと判断したら、アジア情勢は大きく変わる可能性もあるということだ。「思想」なき外交では、こういうことが起きないとも限らない。
わが国にとって心配なのは選挙中の一連の“過激”発言だ。「在日米軍の費用を全額負担しなければ、撤退もあり得る」としていたが、「米シンクタンク『戦略国際問題研究所』で上級アドバイザーを務めるエドワード・ルトワック氏」は同誌に「可能性はゼロ」と言い切っている。
同氏は「自衛隊の任務拡大や装備増強、米国との共同演習など協力関係の進展、それに非公式の『中国包囲連合』構築のため、ベトナムへの巡視船の供給といった準軍事支援を求める」だろうとの見通しを示す。現実的な予測である。
だが、これを紹介しただけではサンデー毎日の主義に反する? 別の記事では「同志社大学大学院教授の浜矩子」氏が、「トランプ勝利を一番喜んでいるのは、安倍ではないかと推察しています」として、「軍拡に走る格好な理由を与えてもらったと考えるでしょう」と述べている。そういう見方もあるが、それほど単純なことではないだろう。
◆駐米大使が事前接触
9月の国連総会でニューヨークを訪れた安倍首相はクリントン氏と会談したが、トランプ氏とは会談できなかった。トランプ当選で外務省の“不手際”が責められていたが、トランプ氏への接触がなかったわけでない。週刊文春(11月24日号)が伝えている。
「ジャーナリストの山口敬之」氏が同誌に書く。「真っ先に動いたのは佐々江賢一郎駐米大使」で、今年春、ジェフ・セッションズ米上院議員と接触し、在日米軍費用負担など詳細な資料を示して説明したという。「この日以降、トランプは演説でほかの同盟国と並べて一緒くたに日本を非難することはなくなった」というから、外務省はしっかり仕事をしていたわけだ。
ここで示されているのは、トランプ氏が「論理的思考力が高く、他人の進言を聞き入れて軌道修正できる合理的な」人物ということで、当時、これが紹介されていれば、情報価値はもっと大きかっただろう。
また、山口氏は、安倍首相本人は9月、トランプ陣営の人物と会っていたと明かしている。「ウィルバー・ロス」氏である。「トランプの破産管財人であり、経済顧問をも務めるキーマンの一人」で、「安倍と突っ込んだ意見交換を行った」と書いている。17日(現地時間)ニューヨークで安倍・トランプ会談が“和やかに”行われたのも、その下地があってのことだったのだろう。
◆勝利の要因は他にも
トランプ勝利の要因として「隠れトランプ」の存在で説明する解説が多い。週刊新潮(11月24日付)に「弁護士山口真由」氏が「『ハーバード大学』にもごまんと『隠れトランプ』」を書いている。トランプ支持を明らかにするのが恥ずかしいから“隠れていた”と説明する。だが、その一方で「ヒラリー嫌い」も相当数いたことには目を向けていない。結局、予測を外した米メディアと変わりはない。
(岩崎 哲)