モスル奪還作戦開始で、ポストIS時代の危うさを指摘する英米紙
◆イラクさらに混乱も
2年以上にわたって過激派組織「イスラム国」(IS)に支配されてきたイラク北部モスルとその近郊の奪還作戦が開始された。イラク軍、クルド治安部隊、シーア派民兵組織、米軍主導の有志連合などによる合同作戦だ。
イラク軍、米軍などを中心に、何カ月もの時間をかけて奪還のための作戦を立て、部隊の訓練を実施し、満を持しての実行だが、一方で戦闘での民間人の犠牲者、さらには大量の難民の発生が予想される。また、イラクでのIS支配を許した背景に、イラク内のイスラム教スンニ派、シーア派の宗派対立、シーア派主導の政府内の腐敗などがあり、モスル奪還後のイラク北部が安定するかどうかは、北部のクルド人を含む各勢力が協力できるかどうかに懸かっている。さらに、シーア派民兵に影響力を持つイラン、シーア派牽制(けんせい)のためイラク北部への一定の影響力の保持を望むトルコへの対応もカギとなってくる。
これに失敗すれば、モスル解放後、イラク情勢がさらに混乱することも予想され、ポストIS時代への懸念の声が上がっている。
◆権力分割の計画なし
ベイルート・アメリカン大学、ハーバード大学ケネディ政治学大学院の上級研究員のラミ・フーリ氏はカタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」のニュースサイトへの投稿で、「イラクのスンニ派とシーア派、クルド人勢力、政治指導者らは、モスルなど解放された地域の統治方法で合意に達することができるだろうか」と、奪還後、作戦に参加した各勢力間の対立からイラク情勢が不安定化するのではないかと懸念を表明している。さらに、イラク北部に駐留し、作戦への参加を求めているトルコ軍への対応を誤れば、新たな火種を生むことにもなりかねない。
フーリ氏は、「この国がこの10年間経験してきた後退と停滞のサイクルから脱するには、有能で、尊敬され、正統な軍と警察が必要だ」とした上で、「政府、主要な宗派と民族の間の安定した権力分割合意、横行する汚職の削減、普通のイラクの人々の生活を改善する持続的な開発」が必要だと訴える。
だが、そのための具体的な処方箋は示されていない。
英紙インディペンデントはこれについて19日付電子版社説で、「さまざまなコミュニティー間の権力分割のための、バランスの取れた、現実的な計画は用意されていない」と指摘する。そのため、作戦開始は時期尚早とする警告も数多く出ているという。
戦争は、開始するより、終わらせることの方が難しいと言われる。欧米諸国は既に、イラク、アフガニスタン、リビアで戦後処理の難しさは身に染みているはずだ。
インディペンデント紙の「軍事攻撃を開始することは、モスルでのミッションの中で最も簡単な部分であることがはっきりするかもしれない」という指摘は的を射ている。
◆新たな緊張生む恐れ
米紙ニューヨーク・タイムズの主張も同様だ。15日付の同紙社説によると、このタイミングで攻撃が開始されたのは、「米イラク連合軍の勢い」(米当局者)が一因だという。イラク軍、有志連合は、イラク中部のラマディ、ファルージャなどの町をISから奪取することに成功したばかりだからだ。また、ISは次の標的がモスルであることを知っているため、「住民への迫害を強めたり、防衛を強化したりしている」ことから、早期の実行が求められた。さらに、間もなく任期を終えるオバマ大統領が「後任に作戦を残したくなかった」ことも要因のようだ。モスル奪還はISとの戦いの「転換点」になり得る。その実績を後任に奪われたくないということか。
ニューヨーク・タイムズ紙も、「戦闘後のモスルを統治する包括的な計画は立てられていない」と「最良の軍事作戦が新たな緊張を生む」可能性を指摘している。
これらの指摘が正しければ、モスル奪還後、大規模な人道危機が発生し、イラクの政情は権力争いをめぐって不安定化することになる。
ISは、イラク戦争後の社会的混乱、宗派間、民族間の対立の中で生まれ、育ってきた。同じ間違いが繰り返され、これらの警告が現実のものにならないよう祈るばかりだ。
(本田隆文)