クルド人の自治・独立への支持を表明したエルサレム・ポスト紙
◆国持たぬ最大の民族
内戦下のシリアで、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いで勇猛ぶりを世界に示したクルド人。イスラエル紙「エルサレム・ポスト」(7月31日付)が、そのクルド人の自治・独立を支持する社説を掲げている。
「国を持たない世界最大の民族」と言われてきたクルド人は主に、イラン、イラク、シリア、トルコに住み、人口は1500万人と言われる。
オスマン帝国の解体後から、第2次世界大戦後にかけて引かれた国境線によって民族は分断された。
イランの多数派はペルシャ人のイスラム教徒で、クルド人は少数派だ。
イラク、シリアではアラブ人イスラム教徒が、トルコではトルコ人イスラム教徒が多数派であり、やはりクルド人は少数派。宗教は同じだが、どの国でも少数派故の悲哀を味わってきた。イランでも、アラブ、トルコでも異質の存在なのだ。
だが、イラク北部のクルド人は1970年に自治区を設置、91年の湾岸戦争で、多国籍軍の支援を受けて、バース党政権の支配を受けない実効支配を確立した。すでにイラク国内で準国家的な存在となっている。
シリアのクルド人は、トルコ国境に近い北部に集住しているが、政府の迫害を受け、トルコでは、オスマン帝国時代から強制移住させられるなど、苦難を強いられてきた。トルコ政府からは、同化政策の中で文化や言語を否定され、クルド人の自治を求めるクルド労働者党(PKK)は治安部隊と衝突を繰り返し、テロも発生している。
◆「共通の敵」持つ両者
ユダヤ人が多数派のイスラエルも、イスラム教徒、アラブ人が多数を占める中東にあっては「異質」な存在だ。クルド人が独立を果たせば、イスラエルの中東での「特異性」(エルサレム・ポスト紙)は緩和されることになる。周辺をアラブ諸国に囲まれ、遠くイランからも敵視されているイスラエルは、地域内の民族・宗教の多様化は、自国の存続を容易にすると考えているようだ。
実際に、イスラエルとクルド人は「共通の敵」を持つ。それは、イランのイスラム聖職者支配体制であり、イラクのイスラム教シーア派主体の政権であり、シリアのアサド政権、トルコ政府だ。
同紙は「イラクでのクルド自治区の創設は、この地域での準国家的グループ台頭の大きな流れの一部だ」と指摘、自治獲得の動きは拡大していると主張している。シリアでは北部のクルド人が3月、自治区確立を宣言したばかりだ。
ポスト紙は「中東に非アラブの自治区がもう一つできれば、少数派の生命、権利を守りやすくなる」と指摘する一方で、「この地域の反イスラエルの人々はこれまで、独立へ熱意を見せるクルド人を『第二のイスラエル』と軽蔑的に呼んできた」とクルド人の自治獲得に否定的な見方が根強いことも明らかにしている。
同紙は「クルド人はほとんどがイスラム教徒だが、イスラエルを同盟相手とみている」と指摘する。さらに「クルド自治政府はイスラエルを、クルド国家推進への西側で最良の支援者とみている」という。ペレス元大統領は、オバマ大統領との2014年の会談でこの問題を取り上げた。最近では、イスラエルのシャケド法相、ネタニヤフ首相もクルド人の「自決権」への支持を公然と表明している。
◆中東安定化に貢献も
米紙ニューヨーク・タイムズは3月、シリアのクルド人勢力が実効支配する北部で「自治政府」の樹立を宣言すると、「シリア内戦の重要な政治的結果」とこれを評価した。クルド人勢力は「アラブ人など他の民族グループが共存する民主的な地域」の確立を目指しており、「戦争と民間人の殺戮(さつりく)を終わらせる政治的解決策の一環として推進する価値がある」と主張、シリアの連邦化が内戦終結に貢献する可能性を指摘している。
だが、少数派の自治や独立の主張は当然、中央政府の反発を招く。ポスト紙が、クルド人勢力は「(イスラエルとの)協力関係をできる限り、秘密裏に進めたがっている」と指摘するのはそのためだ。
同紙は「クルド人はユダヤ国家との密接な関係を公然と維持することが難しい事情があるが、クルド人との関係を深めることは、イスラエルにとって有益」だと主張する。
シリア内戦、ISの出現を通じて、クルド人が存在感を示したのは確かだ。国を持たない故の悲哀を味わってきたクルド人だが、揺れる中東の安定化に貢献する可能性を秘めている。
(本田隆文)