障害者殺人事件の“狂気”と社会の偏見を考えさせたNHK「日曜討論」
◆底流にある差別意識
7月31日放送のNHK「日曜討論」を複雑な思いで見た。テーマは「障害者殺傷事件 深層は」。相模原市の知的障害者施設で起きた大量殺人事件について、精神科医や犯罪研究者ら識者が討論したが、事件の背景にある重度障害者に対する容疑者の“狂気”は、社会の底流にある差別意識とまったく無関係とは言えないかもしれない、と考えさせられたからだ。
まず、番組冒頭に紹介された視聴者の意見が衝撃的だった。
「加害者・被害者・家族とさまざまな立場に立って考えた時、正直、加害者にも少しは同意できる自分がいて考えさせられてしまう」(45歳、女性)
抵抗のできない障害者19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせた凶悪犯に「同意できる」とは何事か、といった批判を招きそうな内容である。お堅いNHKがそんな意見をよくぞ思い切って紹介したな、と最初は怪訝(けげん)に思った。しかし、すぐに考えが変わった。
なぜなら、今回の事件の検証に当たっては、この女性視聴者が投げ掛けた問題は避けて通ることはできないものだと気付いたからだ。障害者を排除しようとする差別意識のことだ。それが犯行の動機に深く関わっていただけでなく、社会の底流にいまだその差別意識が残っているのは間違いない。
◆安楽死を正義と錯覚
大量殺人の現場となった障害者施設に、容疑者の植松聖が採用されたのは2012年。関係者によると、3年余りの間、勤務態度に問題はあっても、障害者への差別発言などはしていなかった。
ところが、今年2月には「障害者は死んだ方がいい」と障害者を冒涜(ぼうとく)する言葉を吐いていた。さらに、同月14日、衆院議長に渡そうとした手紙には、障害者の安楽死を可能にしたいとも書かれていた。
植松容疑者の発言については、出演者の一人、精神科医の片田珠美は「これ(安楽死)は彼にとっての正義」だと分析した。そして、彼の正義の裏には個人的な恨みが隠されていて、自分の行為を自己正当化するために、その正義を振りかざすのであって、それが安楽死だという。
一方、映画監督で明治大学特任教授の森達也はこんなことを言っている。「彼が使った『安楽死』という言葉が怖い。介護の現場を知っているからこそ、この言葉を使ったのかもしれない」
さらに、「とんでもない間違いではあるけれど、彼の中のその部分というのは、ある意味、精神保健に深く関わる人は、もしかしたらどこかで整合性みたいなものが0・1%でもあるのかもしれない。で、あれば誘発されるのかもしれない。そういった怖さを感じる」と指摘した。
◆犯人の心の闇解明を
障害者施設に就職した植松には、養護教育に少なからぬ関心を抱いていたはずだ。その気持ちがなぜ狂気に変わってしまったのか。それとも最初から精神障害者に対する強い偏見があって、何らかの意図を持って就職したのだろうか。この心の闇を解明することは事件の全体像を把握する上で欠かせない。
植松は事件を起こす前、異常な言動から「大麻精神病」「妄想性障害」と診断され、措置入院となった。このため、「全国手をつなぐ育成会連合会」会長で知的障害者の権利を守るために活動する久保厚子は「容疑者に精神障害があったのではないかと語られているが、その部分については、私たち障害者の家族としては精神障害者、イコールあんな人だと世間が思ってしまうことが怖い」と語った。
番組の冒頭では、次のような視聴者の意見も紹介された。「私も重複障害者。外出するのが怖くなってしまった。模倣犯罪が起こらないことを願う」(52歳、女性)
入院から地域医療に舵(かじ)を切る世界の精神医療の流れの中で、日本はいまだ施設に閉じ込める傾向が強い。それは精神障害者に対する偏見が社会に根強く残っていることを示している。(敬称略)
(森田清策)