NHKに検証を求め公共放送としての責任を追及しない新聞の怠慢
◆台湾女性に名誉毀損
メディアに対して名誉を傷つけられたとして損害賠償を求めた民事訴訟で、それを認め100万円の支払いを命じた高裁判決。それが一審判決を取り消した逆転判決で、被告のメディアがNHKであっても新聞報道は通常、ベタ(1段見出し)かせいぜい2段見出しぐらいの扱いである。この種の判決記事では、週刊誌が報道をめぐり賠償を命じられたことを伝える新聞記事をよく見かけるが、記事にもされないケースもあるくらい。
そんなところから言うと、日本の台湾統治に関するNHKのドキュメンタリー番組で名誉を傷つけられたとして、出演した台湾の先住民族の女性らが損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁が先月28日に、原告側の請求を退けた一審判決を取り消し、台湾人女性、高許さん(83)への名誉毀損(きそん)を認め、100万円の賠償を命じた判決についての新聞記事(11月29日付)の扱いはかなり大きかった。通例通りにベタ扱いだったのは毎日だけだが、その毎日は1社(第1社会面)掲載。窮屈なスペースの中に、被告NHKのコメントとともに、日経記事の他は産経が記事に織り込んだ原告側弁護士の「公共放送のずさんな取材が認定され、画期的だ」とのコメントを押し込んで異彩を放った。
大きく2社(第2社会面)トップ掲載は読売「NHK番組で『差別的表現』」、産経が「先住民族ら逆転勝訴」でともに3段見出し。日経と朝日も2社でそれぞれ「NHK逆転敗訴」の3段見出し、「番組内で名誉毀損/NHKに賠償命令」の2段見出し、小紙は1社で「台湾先住民族女性に名誉毀損」の2段見出しを掲げたが、各紙とも高裁判決を詳しく報じた。
◆「偏向批判」庇う朝日
判決記事は判決文を基に書くから、大きな違いが出るわけではない。問題となった番組は「2009年4月放送のNHKスペシャル。日本政府が1910年、ロンドンの日英博覧会で台湾の先住民族を『人間動物園』と称して見せ物にしたとの内容で、女性は見せ物にされた男性の娘として紹介された」(読売)。
このうち「人間動物園」の表現については判決文の言及を柱に「<『人間動物園』は深刻な人種差別的表現。番組の趣旨を知っていれば女性が取材に応じたとは考えられない>としてNHKの責任を認めた」(読売)。産経は「須藤典明裁判長は『深刻な人種差別的意味合いを持つ言葉で、パイワン族が野蛮で劣った人間で動物園の動物と同じように展示されたと放送した』とし、1審の判断を覆した」。
日経は「(裁判長は)『差別的な意味合いに配慮せずに番組中で何度も同じ言葉を使い、パイワン族が野蛮な植民地の人間で、動物と同じように展示された、と放送した。誇りを持って博覧会に出向いた人たちへの侮辱だ』と指摘。/父親に対する女性の思いを踏みにじり、女性自身の社会的評価も低下させたと名誉毀損を認定した」と、それぞれ差別的表現で名誉毀損されたと断罪されたことを報じた。
これに対して朝日も判決は「人間動物園」という言葉が「『当時は使われておらず、新しく使われ始めた言葉』と指摘。『人種差別的な意味合いに配慮せずに番組で何度も言及した』と批判した」と報じた。しかし、記事は「日本の台湾統治を検証したNHKの番組が偏向した内容だったなどとして」と書き出し、一方で「番組内容の偏向については『報道に問題がないわけではないが、批判的な報道も、憲法が保障する表現の自由や報道の自由に照らして十分尊重されるべきだ』として、一審に続き他の原告の請求を退けた」ことを強調してNHK「番組内容の偏向」批判を庇(かば)う意図を滲(にじ)ませた。
◆スキャンダルと同類
確かに判決は、憲法が保障する表現の自由の尊重の原則に言及するが、判決理由でNHKに対して「本件番組は、日本の台湾統治が台湾の人々に深い傷を残したと放送しているが、本件番組こそ、その配慮のない取材や編集等によって、台湾の人たちや特に高士村の人たち、そして、79歳と高齢で、無口だった父親を誇りに思っている控訴人高許の心に、深い傷を残した」などと指摘。随所で踏み込んだ厳しい批判を示しているのだ。
番組はNHKの福地茂雄会長(当時)も「(内容に)問題ない」として、各界各層の広範な批判を突っぱねた経緯がある。その番組内容に問題ありと判決で糾弾されたのは、メディアのスキャンダルである。公共放送として責任ある検証をNHKに求める論調が産経(11月30日付・主張)、小紙(3日付・社説)だけなのは、新聞メディアの怠慢である。
(堀本和博)