皆保険制度の破綻を材料に高齢者の延命治療の意義を問うたNHK「クロ現」
◆高価な新薬次々登場
老老介護で心身共に疲弊したことが理由と思われる殺人事件のニュースが流れるたびに、「長生きも考えものだ」と思っている読者は少なくないのではないか。そういう筆者もその一人だが、13日放送のNHK「クローズアップ現代+」は、さらにその思いを強くさせる内容だった。
テーマは「あなたはどう考える? “高すぎる”新薬の衝撃」。要するに、高価な薬の登場によって、これまで治らなかった病気が改善するのはいいが、その半面、国民皆保険制度ばかりか国家も破綻してしまう恐れがあるというのだ。そのメカニズムを、番組が紹介した一つの薬の例で説明しよう。
「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれる新薬「オプジーボ」(一般名ニボルマブ)が昨年12月、保険適用になった。この新薬はがん細胞を攻撃する免疫機能を高める薬で手術、放射線、化学療法に次ぐ第4の治療法として期待されている。
だが、問題なのはその値段。体重60㌔の患者の場合、1カ月に掛かる費用は266万円。番組に登場した74歳の男性の場合、肺と食道にがんが見つかり、手術や抗がん剤の治療を繰り返してきたが、腫瘍は大きくなり続けていた。しかし、この薬を使い始めてからは腫瘍はかなり小さくなり、病状は改善した。
◆医療費の高騰に拍車
ところが、この男性が支払っているのは1万2000円だけ。高齢者ということに加えて、高額療養費制度があるためだ。差額は、国が支払っていることになる。高価な新薬はこれからもどんどん開発され、あるいは外国から日本に入ってくるのは間違いない。近々、日本でも使われるようになると思われる薬の中には、1カ月に1900万円掛かるものもある。
こうした薬をわずかな出費で使えるようになることは患者にとっては朗報だが、国の負担は激増することになる。国の薬剤費は、既に年間8兆円を超えているが、例えば5万人の肺がん患者が1年間オプジーボを使えば、1兆7500億円のコスト増になるという。
薬剤費だけでも、莫大(ばくだい)だが、総医療費となると、国の財政を危機的状況に陥れる。2014年度に43兆円に達した医療費は今後さらに増え、25年度には54兆円に膨れ上がると推計されている。高価な新薬は医療費の高騰に拍車を掛けることになり、国民皆保険制度だけでなく、国の財政そのものを破壊してしまうというわけだ。
それを防ぐために考えられる方策としては①薬の価格の引き下げ②保険適用制限③医療費以外の国の予算を切り詰め、医療費を増額することだが、どれも簡単ではない。そんな状況で、保険適用を制限することに言及した日本赤十字医療センターの國頭英夫医師の発言は衝撃的だった。
「75歳を過ぎたらあとは寿命。100歳の患者を(年間)3500万円掛けて、101歳にするのか。高額を掛けて寿命を延ばすような治療は、保険の適用から外すということ以外に、今の段階では思い付かない」
これに対しては、医師の職業倫理観の違いから、「医師にあるまじき発言」と考える医師もいるだろう。「目の前の患者の命を救うのが医師の使命だ」と。しかし、國頭医師の発言は決して生命軽視から出たものではない。高齢者に高額の費用を投入して死期を延ばしても、それによって保険制度が破綻したなら、今度は救えるはずの若い命も救えなくなるのである。
◆死生観見詰め直す時
国民皆保険制度や国の財政を危機に陥れるのは高価な新薬の登場だけではない。「スパゲッティ症候群」という言葉がある。これは延命のために体中にチューブやセンサーなどを取り付けられた状態をいうが、高齢者が増えれば、機械に生かされる人はますます増える。そうして迎える臨終は果たして人間らしい死と言えるのか。それよりも、75歳以上になったら、寿命と考えて、延命を行わずに自然に死を迎えた方が人間らしくはないか。
人間はつい最近まで、死を身近なものとして意識しながら生きていた。しかし、日進月歩の医療技術は、日常生活から死の意識を追いやってしまった。それとともに長生きしたいという願望は、人間の自然な気持ちとして受容されてきたが、考えようによってはそれは「煩悩」と言えなくもない。
その煩悩を刺激するのは、臓器移植、遺伝子診断、生殖医療などいろいろある。高度な医療技術は、一人ひとりの人生観、死生観を見詰め直すことを求めているのだろう。そんなことを考えさせる番組だった。
(森田清策)