日経の「超少子化」日韓意識調査の分析に滲む「女性は労働者」の見方
◆「性別分業」を槍玉に
「自然に返れ」で有名なフランスの啓蒙思想家ジャン=ジャック・ルソーは、近代教育学の古典の一つとされる『エミール』で、家庭教育についてこう述べている。
「最初の教育はもっとも重要なものであり、それは明らかに女に属している。…もし、自然の創造者が、教育が男のものであることを欲したなら、それは子どもを養うための乳を男に与えたであろう」(中里良二著『ルソー』清水書院)。
確かに、自然の創造者は乳を女性に与え賜うた。それでルソーは子育ての第一の義務が母親にあるとした。男女の性差を否定するジェンダーフリーの信奉者が聞けば、目を剥くような「性別分業論」だが、自然に返って素直に考えれば、どうだろうか。
日経は韓国・中央日報と共同で実施した少子化に対する日韓意識調査について「超少子化 根底に性別分業」「日韓とも共働き世帯増えるが… 『妻は家庭守るべき』4割」との見出しで報じている。これを見る限り、超少子化の原因は「妻は家庭を守るべき」との「性別分業」にあるかのようだ(5月30日付特集)。
ところが、記事を読み始めると、冒頭に「少子化の最大の要因について、日韓両国の4人に1人が『雇用不安、経済不安』を挙げた。男性では両国で少子化原因のトップ」とあるではないか。見出しと大きく異なっている。いったい性別分業はどうだったのか、残りの4人に3人は何を最大の要因に挙げたのか、記事にないので皆目、分からない。
◆結婚意識は4割前後
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」という考え方に賛成する人は両国で4割、「女性は仕事より子育てを優先すべきだ」とする人は日本で38%、韓国で40%にのぼるとし、「根深い性別分業意識も共通だ」としている。それがなぜ少子化の根底つまり土台になっているのか。それも記事には書かれていない。
読み進むと、意識調査は「雇用」や「性別分業」より、もっと重要な問題意識を示していた。それは「結婚意識」である。「結婚を『必ずすべきだ』『したほうがいい』と答えたのは日韓とも4割前後に対し、『してもしなくてもいい』は両国で5割を超えた」というのだ。
回答の図表を見ると、女性の「しない方がいい」「しても、しなくてもいい」は日韓とも7割前後にのぼっており、特に韓国女性が際立って高い。しかも結婚しても子供を持つべきかの問いに韓国女性の32%が「そう思わない・あまりそう思わない」と答えている。
結婚もしないし、子供も産まないというのだから、これでは超少子化は必定だ。実際、韓国では出生率が05年に1・08という世界最少を記録した。日本の最少は1・26で韓国よりましだが、人口置換(維持)には2以上が必要だから、似たり寄ったりだ。
記事の中で横浜国立大学大学院の相馬直子准教授は「子育ての負担が女性に偏っている現実がある。教育負担が重い韓国は特に、自己実現と子育ての間で悩む女性が多い」と話している。
では、雇用不安が解消し、子育ての負担も減れば、結婚し子供を産むのだろうか。韓国では13年から保育を無償化したが、「出生率の上昇に必ずしも寄与しなかった」(相馬准教授)というから、これも怪しい。
◆価値観にメス入れず
どうも日韓意識調査も分析記事も、価値観にメスを入れておらず生煮えだ。首を傾(かし)げながら記事を読み進むと、末尾に「少子化に伴う労働力不足を補うには日韓はともに女性の潜在能力に頼らざるを得ない。『男が働き、女は家庭を守る』といった性別役割分業意識が両国は伝統的に強く、出産・子育てをきっかけに女性が仕事を辞める状況が今も残る」とあった。
どうやら日経は「すべての女性を労働者に」と言いたいらしい。まるで女性徴用制だ。それで非婚が解消し、超少子化は克服されるのか。結婚や子育ての喜びはどうでもいいのか。そんな疑問が湧く。
ルソーの『エミール』の影響を受けたスイスの教育者ペスタロッチは「ゆりかごを動かす手は、世界を動かす」と言った。子育ては大事業で、女性にとって(むろん男性も)立派な自己実現だ。労働だけを自己実現とするのは、ルソーのもう一つの弟子筋に当たるマルクスの考え方だ。日経はそっちの系統か。
(増 記代司)