アイドル刺傷事件でストーカー規制法の不備や警察ミスを各紙批判
◆4紙社説で警察追及
アイドルとして活動している女子大生(20)が先月21日に東京・小金井市のイベント会場入り口で、ファンからストーカー化したとみられる京都市の男(27)に襲われ刺されて意識不明の重体に陥った事件から3週間になろうとしている。殺人未遂容疑などで東京地検立川支部に送検された男はこの6日に、9月5日まで刑事責任の有無を調べるため鑑定留置されることになった。被害者はこの3日ごろに意識を回復していたことが、7日までに分かった。
この事件は、被害者の女子大生が事件前に警視庁武蔵野署に「ツイッターへの執拗(しつよう)な投稿をやめさせてほしい」と相談していた。その際、被害者は男からの書き込みを印刷した紙の束まで抱えて署を訪れたのだ。書き込みは1月以降、数百件に及ぶという異常さである。被害者の母親も、男の居住する京都府警に相談の電話をしていたが、被害者の居住する警察署に行くよう対応するだけで事件を防ぐことにはつながらなかった。
この問題を論じる新聞の論調が、相談を生かせなかった警察の対応に厳しいのは当然である。それでも、ことストーカー事件に対してはこれまでも度重なるミスを重ねてきた当局への批判は、まだ少し遠慮気味で生ぬるいと言わなければならない。
この事件について社説(主張)を掲げたのは掲載順に朝日(5月29日付)、小紙(同31日付)、産経(6月4日付)、毎日(同5日付)の4紙である。
毎日は冒頭から「防げる事件だったのではないか」と問い、産経も「女子大生の被害を防ぐことは、本当に不可能だったか」と疑問符を付けた。小紙は「ここまでミスが重なるようでは、警察への信頼が失われかねない」と憂慮し、朝日は「次第に判明した事実は、警察の対応のまずさを示している」「警視庁の責任は重い」とそのミスをはっきりと突き付けたのである。
◆ミスを繰り返す警察
「憎むべきは、ゆがんだ感情で刃物を握った容疑者」(産経)であることは言うまでもないが、その上で警察のミスとは何か。最大のミスは被害者の相談窓口となった武蔵野署が、示されたツイッターの内容を本人から説明されながら「直ちに危険が及ぶ内容」とは判断せず、ストーカー被害の相談として扱わなかったことに尽きる。そのためストーカー案件を専門に対処する警視庁の「人身安全関連事案総合対策本部」に報告が上がらなかったのである。
この総合対策本部は、3年前に女子高校生が刺殺された三鷹ストーカー事件の後にできた。この事件では、警視庁は事前の相談に適切な対応を取れなかった。当時の警視総監は「警視庁を頼って相談に来られた方の尊い命を救うことができなかったことは痛恨の極み」と謝り、警察庁は事件後、ストーカー相談はすべて各都道府県警本部の専門チームが対応できるように体制を改めたはずである。
だが「今回のように、警察の判断で入り口から違う扱いのレールに乗せられてしまえば、対応の改善策も意味がない」(朝日)わけで、事は人の命に関わる問題である。警察に一連の対応の検証と問題点洗い直しを厳しく求めたのは妥当である。
毎日は「警察は相談内容から事件の切迫性を感じきれず、ミスを重ねてしまった」と、せっかく警察当局者に求められる事件を嗅ぎ分ける感性の鈍感さに言及しかかりながら、そこからさらに突っ込んで考察を深めることをしなかったのは惜しまれる。「どう事態の切迫性を判断し、どんな対応を取るのか。一つの部門で抱え込まずに幅広く情報を共有することが肝心だ」と、ありきたりの結論らしき指摘では何かはぐらかされたような気分になってしまう。
◆「全通信手段」を提言
その点、産経はストーカー規制法の不備を指摘することに論点を絞った有意義な主張を展開した。恋愛感情などから被害者や家族らにつきまとい連続して電話することなどを禁じたストーカー規制法が議員立法で成立し、施行されたのは平成12年11月である。前年に起きた「桶川ストーカー殺人事件」が契機となった。その後、3年前の「逗子ストーカー殺人事件」を受けた法改正で、つきまとい行為の定義に「電子メール」が加えられた。しかし、今回の事件のツイッターやSNSについては規制法に明記がなかったことも、警察の対応ミスの一因となった。
そこで、産経は「規制対象を『あらゆる通信手段』」と網をかけ「時代に追いつけない無意味ないたちごっこに終止符を打つ」よう求めた。極めて有用な提言である。
(堀本和博)