国際情勢を宗教や歴史を含む地政学から読み解くダイヤモンド特集
◆重要性増す「地政学」
シリアをはじめとする中東諸国、アフガニスタンやパキスタンなどの中央・南アジア、ロシアとウクライナの対立、ミサイル実験で世界から非難を浴びる北朝鮮、そして南シナ海の南沙・西沙諸島を軍事拠点化する中国。世界をざっと見渡しただけでこのくらいの紛争地域の名が挙がる。このような複雑に絡み合った国際情勢を読み解く上で重要性を増しているのが「地政学」だ。
例えば、中東から原油を積んだ日本のタンカーのほとんどがインドネシアのマラッカ海峡を通過し、南シナ海を経由して日本に到着する。その南シナ海の制海権を確保しようと今、中国が実効支配を企てている。仮に中国が南シナ海の軍事拠点化を完遂すれば、日本にとってその影響は甚大なものになることは想像に難くない。かつて日本と米国は70年以上前に4年にわたる大戦争を繰り広げたが、それは東南アジアからの原油供給を米国によって遮断されたことに起因する。日本にとって南シナ海は地政学的に生命線だったのである。
ところで、この「地政学」について週刊ダイヤモンド(2月13日号)が特集を組んだ。「地政学 超入門」。サブタイトルには、「世界史と地図で学ぶ国際情勢」とある。地政学は英語でジオポリティックスという。かつてナポレオンは、「一国の地理を把握すれば、その国の外交政策が理解できる」と語った。「刻々と変化する国際情勢を理解するためには、狭い価値観にとらわれない見方が必要だ。世界各国の視点で地図を眺めれば、複雑怪奇な外交政策の真意が見えてくる」(同号)。その上で、「その地域の民族が持つ行動原理を知るには、現在に至る彼らの歴史を知ることが不可欠だ」というのが同誌の結論である。
◆不凍港求めるロシア
ところで地政学に対する取り組みは欧米の大学では早い段階から行われていた。一方、日本では今でこそカントリーリスク論のような分析理論が主に経済学の中に組み込まれているが、これまで体系的に構築されてこなかった。今回の特集では見出しに「超入門」という言葉が付いているように地政学に対する基本的な見方が紹介されている。
ただ、「基本的」とはいっても多くの示唆を含んでいる。特集では米国やドイツ、ロシア、イギリスなど国別に、その国々が抱える事情を分析。そのロシアについては、「歴史を振り返ってみれば、とにかくロシアという国は、凍らない港(不凍港)を求めて、南方へと進むことが最大の目的だった。これはロシアにとって当然の行動原理だが、国境を接する国々にとっては『いかにして阻止するか』が問題となった」と説明している。確かにロシアの南下政策は“悲願”であった。黒海からボスポラス・ダーダネルス両海峡を通過すればロシア艦隊は地中海に乗り込むことができるのである。その悲願を達成すべく起こったのがクリミア戦争であり、その敗戦が後の日露戦争に繋(つな)がっていく。日露戦争で日本は英国の支援を受けて勝利できた。本来英国は“栄光ある孤立”政策を取っていたものの、南アフリカでのボーア戦争に勢力を傾けていたため極東に軍隊を派遣できず日本を利用してロシアの南下政策を止めたことになる。ロシアの南下政策が“悲願”であったとすれば、今回のロシアとウクライナの対立も読み解くことができる。
◆歴史の勉強は不可欠
今回のダイヤモンドの特集に意義を挙げるとすれば、三つにまとめることができるだろう。一つ目は表題にもあるように、地政学の重要性が増していることから、わが国でも地政学を体系的、学問的に構築する必要性を訴えていること。二つ目は「歴史」を学ぶことの大切さを訴えていること。特集ではライフネット生命保険会長兼CEOの出口治明氏が登場しているが、彼は「地政学は複雑で難しいといわれますが、その原因は歴史に対する理解の浅さにあると思います」と述べている。地政学理解には歴史の勉強は不可欠だというのだ。
そして三つ目は、宗教への理解の必要性を説いているということである。例えば「利子」に対する考え方でもユダヤ教、キリスト教、イスラム教では全く異なる。さらに言えば、キリスト教の中でもカトリック(旧教)とプロテスタント(新教)とでも違うのである。同誌で出口氏は「日本人は歴史だけではなく宗教や他の学問においても教養が少ないと思います」と語って、宗教への知識・理解なくしてグローバル化の時代は乗り越えることはできないと訴えている。「宗教」「歴史」そして「国際政治」などを含む地政学。これまで日本人には疎いといわれてきた分野だが、そこに長(た)けていないと世界に出ていくことができない。そういう意味で今回の特集は極めて有意義な特集といえよう。
(湯朝 肇)