「命に向き合う」本質的な課題を突き付けたEテレ「新型出生前診断」
◆深く考えさせる内容
妊婦からわずかな血液を採取して調べることで、胎児に染色体異常があるかどうかが分かる「新型出生前診断」の臨床研究が今年4月から始まった。出生前診断そのものは1970年代から行われているが、「新型」の場合、ダウン症候群など三つの病気が簡単かつ高精度で判明する。このため、検査で陽性になれば、人工妊娠中絶を選択する女性が多くなるのではないか、いわゆる「命の選択」につながるのではないかとして議論を巻き起こしている検査だ。
普段は、NHKのEテレにチャンネルを合わせることが少ない筆者だが、話題の新型出生前診断をテーマにした番組を見る機会が続き、印象に残ったので、今回はこの問題を取り上げたい。
障害者問題となると、「差別をやめよう」といった左翼的なステレオタイプの編集になって、違和感を持つことがままある。しかし、Eテレの番組はそこにとどまることなく、出生前診断を考えることは「命に向き合う」ことだとして、本質的な課題を提示しており、視聴者に深く考えさせる内容となっていた。
番組の一つは、少し古くなるが、9月25日放送の「きょうの健康」の「出生前診断って何?」。「一日15分でよくわかる!」をコンセプトとする短い番組だが、新型出生前診断で分かる病気は成長障害や特徴的顔立ちなどがみられるダウン症候群ほか、成長障害や呼吸障害などがあるパトー症候群、エドワーズ症候群であることなどを分かりやすく解説していた。
◆共感できる悩む意義
出演した専門家のコメントが示唆に富んでいた。検査を受けるべきかどうか、悩んでいる妊婦へのアドバイスとして、国立成育医療研究センター副院長の左合治彦氏が「ここで重要なことは、その検査は自分たちに必要なのかどうかをとことん悩むこと」「悩み抜いて出した結論なら、検査を受けてもいい」と、悩むことの意義を強調した。
妊婦が35歳以上になると、胎児に染色体異常がみられる確率は高くなる。検査で陽性になった場合、どうするかは簡単に結論を出せるような問題ではない。陽性でも生むという夫婦は、そもそも検査を受けないだろう。同じダウン症候群でも症状に重軽がある。とことん悩んで自分たちで意志決定するという行為が苦手な日本人が多いように思えるが、新型出生前診断を受けることについては、悩んで自分たちで決めることが重要なのだ。
ただ、その意志決定も、障害者を取り巻く社会状況の影響をまったく受けないということはありえない。そのことを浮き彫りにしたのが、ハートネットTVのシリーズ「出生前検査は何をもたらすのか」(11月19、20日放送=5月22、23日の再放送)だった。米国の専門家の調査によると、「出生前検査を受けた妊婦が(陽性だった場合)妊娠を継続するかどうかは住んでいる社会状況に大きく影響される」のだという。
それはそうだろう。もし、自分が住んでいる地域で、ダウン症候群の人が差別を受けているのを目の当たりにした場合、命の尊さは理解していても少なからぬ妊婦は生むことをためらうだろう。逆に、障害を抱える本人も家族も幸せに生活する様子に接していれば、自分も生んで育てることができるのではないか、と思えるはず。
この番組は、障害のある子供を生み、育てられるのか、不安を持つ視聴者の切実な声を紹介していた。「どんなに頑張っても、障害者は普通には生きられない」「障害のある人と接する機会があった。まさしくきれい事ではすまない世界が広がっており、自分はこのような現実を選ぶ器量がないと痛感した」などだ。こうした現実があるからこそ、悩んで自分たちで意志決定することが求められるのである。
◆障害者支援にも関連
ハートTVでも左合氏が「どんどん科学技術は進んでいく。それを止めることはできない。その中で、技術に踊らされないで、人は人としてどうあるべきかを考えて、それに関してアクションするしかない」と語っていた。また、臨床遺伝専門医で、ダウン症候群の当事者や家族の医療支援を行っている沼部博直氏は「命についての議論を、日本人は避けてきた実態があったと思うが、今回、この検査をきっかけに問題が改めて浮き彫りになった」と指摘した。
米国ボストンには、クラスの3分の1は何らかの障害のある子供が通う小学校があるそうだ。日本の障害者への支援の遅れは、我々の命に向き合う姿勢と深く関わっているのだろう。
(森田清策)