テロが民主主義を揺るがす試練と感じさせたNHK「解スタ」第1部 

◆多様社会に疑心暗鬼

 年が明けた。歳末からテレビでは1年の主要ニュースから新たな年を占う特番が放送された。このうちNHKが12月26日深夜から27日早朝にわたり4時間余り放送した「解説スタジアムスペシャル 朝まで生討論! 2016どうなる日本」を見ると、良くも悪しくも今年は海外からの外部要因の影響が強く出そうな年である。国内より海外が騒々しいのだ。

 番組は第1部「激論!政治・外交」、第2部「暮らしはどうなる」、第3部「日本の針路 キーワードは」に分け、それぞれ10人ほどの解説委員が討論、これに地球環境問題などをコタツ談義する「コタツ・解説」を合間に加えた。

 出演者が多く、網羅的にテーマを扱うため発言が短いが、広い範囲の議論の中に時代の課題をすくい上げていた。例えば第3部で出演者がラフな服装でフリートーク形式で探った「日本の針路」の「キーワード」の中には「多様性」「寛容」が挙がったが、背広姿での討論だった第1部でテーマになったイスラム過激派「イスラム国」(IS)のテロなどの影響は、それらを難しくしかねない。

 ISのパリ同時テロはじめ衝撃的な事件が相次いでおり、第1部筆頭テーマの「テロ」について見てみたい。印象的だったのは広瀬公巳氏が示した、フランス政府が注意を呼び掛けた「こんな変化は“過激化”の兆候かも…」の図に書かれた以下のようなチェックポイントだ。

 ①昔からの友人を嫌う②家族を拒む③食事が変わる④不登校⑤音楽を聴かない⑥テレビを見なくなる⑦スポーツをやめる⑧服装が変わる⑨過激派のサイトにアクセス――。同氏は「隣の人を監視する、隣の人を疑ってしまうところまでフランスの危機感は高まっている」と述べていた。イスラム過激派への“改宗”を警戒するものだろうが、テロは多様性ある自由社会で疑心暗鬼を生む深刻な例だ。

 「ISを過小評価してはいけない」と述べた石川一洋氏は、「100年前ロシア革命が起きてボルシェビキという共産主義が暴力で権力を奪取した。彼らは世界で少数派だったが極端なイデオロギーを非常に残酷な手段でやった。…ISにはイデオロギーがある」と指摘。ナイフで斬首するISと死刑廃止を叫ぶ欧州諸国とでは非対称性が際立つが、ISは残酷な手段で現実に複数の都市を支配している。

◆欲しい「劣化」の検証

 また、アラブ系移民2世、3世の格差問題、極右政党の躍進などから「寛容と多様性が失われるヨーロッパの劣化」(二村伸氏)との指摘もあった。米国のトランプ氏支持現象も議論に上った。従来、日本人が人権社会の手本と仰いでいた欧米が、無差別殺傷テロや何十万という難民に遭遇し試練に立たされている。民主主義のモデル社会がISへの反動で揺らいでいることは否めない。が、半端でない現実に直面する前に、民主主義の「劣化」があったと見るのはその通りであろう。

 欲を言えば、それがいつからどのように、の検証が欲しいところだ。なぜなら、冷戦後に米国一極世界と呼ばれ、北大西洋条約機構(NATO)も東方拡大し、隆盛を極めた民主主義諸国圏が、今日のような混迷状態にある。

 イラク戦争を「歴史的に誤った戦争と評される」と出川展恒氏が述べたが、オバマ米大統領の登場もこの戦争の反動であり、「イラクからの米軍引き揚げが早すぎた」(髙橋祐介氏)のもそのためだ。その前を振り返れば、同時テロに遭遇したブッシュ前大統領の「我慢の限界」が重大だった。多発する民族・宗教紛争を凌駕するのは難しいが、同時テロを契機にアフガニスタン、イラクでの戦争に進んで勝利したものの、民族・宗教感情は悪化して争いの種を残した。

◆テロ対策に向く関心

 今年は伊勢・志摩サミット(主要国首脳会議)がある。日本へのテロの波及も気になるところで、双方向番組の視聴者アンケートでは「テロの脅威を身近に感じるか」の質問に、「感じる」45・4%が「感じない」45・1%を僅かながら上回ったことにも不安が示されている。

 有効なテロ対策とされる通信傍受について、行政傍受(行政が通信傍受の可否を判断)が可能な欧州に比べ、日本は「鎖国レベル」と捜査関係者が捜査権拡大の必要を語っていると紹介した橋本淳氏は、「社会の健全性が失われかねない」とも述べた。

 「テロ対策と市民の行動の自由とは相反するところがある」(津屋尚氏)との指摘もあった。が、テロ対策には万全を尽くすべきだろう。テロを防ぐことが社会の健全性を保つとも考えられるからだ。

(窪田伸雄)