仏同時テロ事件と重なった朝日コラムの憲法・緊急事態条項反対論
◆どの国にもある条項
フランスで凶悪な同時テロ事件が発生した。オランド大統領は非常事態を宣言し、厳戒態勢を敷いている。東京で同じような無差別テロが発生すればどうだろう。安倍首相は仏大統領のように非常事態宣言を発せるだろうか。
答えはノーだ。憲法に非常事態に対処する規定、いわゆる緊急事態条項が存在しないからだ。先の国会審議で安倍首相は改憲論議では緊急事態条項を最優先したいと答弁しているが、テロ事件を受けて同条項の必要性が一層高まってきた。
だが、朝日14日付の1面コラム「天声人語」は、次のような書き出しで、緊急事態条項の創設に反対する。
「ミイラ取りがミイラになる、という言い回しを辞書で引く。人を連れ戻しに行った者が、そのまま戻ってこなくなる、とある。憲法に『緊急事態条項』を加えようという議論を聞く度、この言葉が浮かぶ」
危機には迅速な対処が必要だとして、国民の権利を制限し、命令に従わせる。憲法秩序の核である三権分立と人権保障が一時停止され、危機が去れば元に戻すとされるが、全権を握った指導者はドイツのヒトラー独裁のように元に戻らず秩序を破壊してしまう場合がある。だから安倍自民党の目指す緊急事態条項は危うい。天声人語はそう論じる。
ミイラ取りがミイラとするが、朝日の反対論は坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、安倍政権や自民党のやることなら何でも反対。そんな響きが伝わってくる。
だいだい緊急事態条項はどこの国の憲法にも明記されている。成文憲法を持たない英国には緊急事態に際して政府は平時に違憲とみなされる措置も許されるとするマーシャル・ルールがある。天声人語が引き合いに出すドイツは敗戦後、緊急事態条項を持たなかったが、1968年に基本法(憲法)を改正し緊急事態条項を盛り込んだ。
例えば、ナチス独裁の苦い経験をもとに緊急事態下でも立法機能を休止させないように平時に国会議員の中から有事用「合同委員会」議員を選任し、緊急事態に首相らとともに地下壕に入って備える仕組みも作った。三権分立が気がかりなら、こんな改憲案を率先して提示すればよい。それもなく朝日は反対するだけである。
◆身内紙面審議で疑問
こういう姿勢に“身内”からも批判が出ている。朝日新聞紙面審議会委員の湯浅誠氏(「派遣村」元村長、法政大学教授)は、安倍政権の「1億総活躍」政策に反対一辺倒の朝日に異議を唱えている(10日付「わたしの紙面指標」)。
「1億総活躍社会」の重要な節目となる10月15日の推進室発足式で安倍首相と加藤担当相は「高齢者、若い方、女性、男性、障害や難病を抱える方々が、職場のみならず、地域社会や家庭においてその力を発揮していく」環境づくりが任務と訓示した。だが、「朝日は、翌日の朝刊でこの部分を報じなかった。理由はわからないが、私はそのことに違和感を覚えた」と湯浅氏は言う。
「1億総活躍」は目新しいが、その元は、ここ10年近く自民党・民主党を問わず歴代政権が一貫して主張してきた「全員参加型社会」にあり、源流は欧州で重視された社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の理念にある。湯浅氏はそう指摘し、安倍首相らの訓示は「『1億総活躍』がその系譜につらなることを、公式に確認したという意味を持つ」と評価する。
「社会的包摂は朝日新聞社の大切にしている理念でもある、と私は思ってきた。だとすれば、朝日がやるべきことは、総理や大臣のこうした発言を大きく取り上げて、実際に打たれる政策がそれに沿うものになるよう政権に促すことではないか」
◆くさすだけでは嫌気
ところが、データベースで検索すると、「全員参加型社会」について朝日の紙面に載ったのは過去10年近くでわずか12回のみ。「政権が目玉に掲げないと取り上げないのは報道の宿命なのかもしれないが、本腰を入れたときにはクサすだけというのでは、朝日新聞社にとってこの理念は結局その程度のものなのかと思ってしまう」
くさすだけの朝日に湯浅氏は嫌気がさしている。朝日読者はどうだろうか。
(増 記代司)





