毎日が産経との世論調査論争で毎日の責任問い「輿論」説く意見掲載

◆安保法制めぐる応酬

 今日から始まる新聞週間にちなんで、米国の新聞王・ハーストのこんなエピソードを紹介したい。

 19世紀末、スペインの植民地キューバに特派員と挿絵画家を送り込み、反乱軍の取材をさせた。その活躍を記事にし、読者を熱狂させ部数を拡大する思惑からだ。が、活動は不活発。それで特派員はハーストに電報を打った。

 「事態は平穏。なんの混乱も見られず、戦争などありえない。帰国を許可されたい」

 これに対してハーストはすぐに返電した。

 「しばらく滞在されたい。きみは絵をこしらえろ。私は戦争をこしらえる」

 挿絵画家は反乱軍の「活躍」を絵にし、ハーストは政府に支援を訴え戦争(米西戦争=1898年)をこしらえた(ジョイス・ミルトン著『イエロー・キッズ アメリカ大衆新聞の夜明け』文藝春秋刊)。

 戦前、毎日は「百人斬り」を称え、朝日は勇ましく戦火拡大を唱えた。両紙は今日、安保関連法に「戦争法」のレッテルを貼って戦争をこしらえている。ハーストの時代から1世紀を経ても新聞は変わらないのだろうか。

 世論調査報道を巡って毎日と産経の間で「扇動」論争が起きている。事の発端は産経の世論調査(9月15日付)。安保関連法の反対集会への参加者が3・4%にとどまり、そのうち41・1%は共産支持者などと報じた。

 これに対して毎日の平田崇浩・世論調査室長は17日付ウェブサイトで、1000サンプル程度の無作為抽出調査では通常3~4ポイントの誤差が生じるにもかかわらず、「3・4%という小さな数値を根拠に『デモに参加しているのはごく少数の人たちであり、共産党などの野党の動員にすぎない』というイメージを強引に導き出したのが産経記事」とし、「とても世論調査分析とは呼べない」と断じた。

 確かに34人(3・4%)の41・1%という小数点以下の分析に意味はないが、大筋の傾向は分かる。平田氏は反対デモ批判がよほど悔しかったのか、いささか感情的だ。

◆忠言した佐藤卓己氏

 名指し批判された産経は酒井充・政治部記者が10月5日付で、毎日のサンプル数も1000程度とし、3~4ポイントの誤差が生じるなら、毎日の世論調査報道も分析に値しないと、7月6日付を例にあげて反論した。

 同記事は、7月の安倍内閣の支持率は「5月の前回調査から3ポイント減の42%、不支持率は同7ポイント増の43%」とし、「第2次安倍内閣発足後初めて、支持と不支持が逆転」と報じていた。

 酒井氏は「支持42%と不支持43%の差は1%。平田氏の理屈で言えば、『誤差』でしかない。ところが記事のメーン見出しは『安倍内閣不支持上回る』。1%という誤差の範囲内の小さな数値を根拠に『安倍内閣は国民に支持されていない』というイメージを強引に導き出した。とても世論調査分析とは呼べないものだ」と切り返している。

 両紙の論争を佐藤卓己・京都大学教授は毎日8日付オピニオン面で取り上げ、毎日の報道姿勢について輿論(パブリック・オピニオン)を指導する責任を自覚しないで、世論(ポピュラー・センチメンツ)を反映していると信じて言論を展開していないか、と危惧している。

 例えば、8月14日付世論調査では近い将来に日本が外国と戦争すると思うかとの質問に、思わない61%、思う26%、首相の靖国参拝は賛成55%で、反対31%を上回っていた。毎日は安保法では戦争の危険が高まるとし、靖国参拝に反対だから、「多くの国民」の世論を盾に論陣をはるのは無理だと佐藤氏は指摘する。

◆世論に抗する覚悟も

 「そもそも世論調査で8割が反対の法案に、反対の論陣をはることはたやすいことだ。問題は、世論調査で2割の支持しかないとき、世論に抗して主張を続ける覚悟があったかどうかである。残念ながら、新聞史は新聞が輿論を指導した栄光の歩みでなく、世論に流された敗北の事例で彩られている」とし、「熟考に基づく輿論」を求めている。

 毎日は12日付メディア面に産経論争を取り上げたが、佐藤氏の忠言には沈黙している。世論は扇動で作られやすい。新聞週間にハーストをモデルにした映画『市民ケーン』を観るのも一興だ。

(増 記代司)