児童虐待に社会全体の危機感が薄いと強調すべきプライムニュース

◆警察出動する米社会

 わが国で児童虐待防止法が制定されてから、今年でちょうど15年になる。筆者が特派員として米国に赴任したのはそれより前の1990年代だが、すでに児童虐待が深刻化しており、在米の日本人の間に、モンゴロイドの特徴である乳幼児の蒙古斑が虐待の跡に間違われることがあるから注意が必要と言われていた。

 蒙古斑は白人や黒人には稀(まれ)なことから、状況は現在でも同じだろうが、実際に虐待が疑われ、潔白が晴れるまで引き離された日本人親子がいたというニュースがあったのを記憶している。その時は、たとえ短期間だったとはいえ、行政が強制力を使って無実の親から子供を取り上げるほうが子供にとっての虐待ではないか、と憤慨したものだった。

 筆者の友人には、子供を車に残してスーパーで買い物をしていたら、警察官がやってきて大騒ぎになったケースもあった。米国社会が児童虐待にいかに神経質になっていたかが分かる。

 こうしたエピソードは、「児童虐待…命の救い方」をテーマにしたBSフジの時事討論番組「プライムニュース」(7月31日放送)を見て思い出したのだが、当時とは逆のことを考えた。虐待が深刻化すれば、米国のようにまず子供の命の安全を確保するために一時保護を優先させることが必要ではないかと。社会問題において、日本は何年か遅れで米国の後を追いかけると言われるが、児童虐待もその例なのである。

◆追いつかない相談所

 親による虐待で命を失う子供が後を絶たない。「プライムニュース」では7月、沖縄県宮古島で、父親(継父)が3歳の娘を床に突き落とすなど暴行を加えて死亡させた事件が取り上げられた。この家族が6月に宮古島に転居する前に住んでいた沖縄市の児童相談所では、子供たちへの暴行が係属事案になっていた。つまり、行政は介入していたのだが、判断の甘さや連携不足で、最悪の事態に至ってしまったのだ。

 子供の命が奪われる事件が発生するたびに、専門家らが指摘するのは、早期の一時保護と関係機関の連携強化の必要性だ。番組に出演した自民党女性局長で参議院議員の三原じゅん子は子供の命を優先しながら、警察との共同対応、一時保護の明確化などを法改正して義務付ける必要があると強調した。

 また、児童福祉行政に携わった経験のある十文字学園女子大学教授の栗原直樹は児童相談所の児童福祉司が初期段階で虐待の重い、軽いを適切に判断できるかどうかが課題となっており、それを可能にするためには児童福祉司を増やすとともに「専門性を一層高度にしてほしい」と訴えた。

 全国の児童相談所が対応した虐待についての相談件数は15年前、1万7725件だったが、平成25年度には7万3802件で、4倍強も増加している。この間、それに対応する児童福祉司も当然増え、現在約2800人になっているが、増加率は2倍強だから、到底追いつかない。

 番組に出演したNPOシンクキッズ子供虐待・性犯罪をなくす会代表理事の後藤啓二は前年から継続する事案もあるので、児童福祉司1人が担当するのは140件に達していると解説した。これでは、児童相談所が介入しても適切な判断など無理というものだろう。

 したがって、この人数不足の解消とともに、社会福祉士の資格を持つ児童福祉司の割合をもっと高めることが喫緊の課題であることは、誰にも理解できよう。

◆遅い日本政府の対応

 こうした事態の急迫を受けて、安倍晋三首相が7月1日、児童虐待防止のための体制強化、そして緊急時対応の充実のための政策パッケージを今年末までを目途に取りまとめることを明らかにした。事態がこれだけ深刻化して、政府がやっと重い腰を上げたともいえるが、番組で指摘してほしかったのは、米国などでは前例があるのに、なぜ日本では対応がこれほどまで遅れるのかということだ。

 いくつか要因はあろうが、まず第一に言えることは、社会の持続的な発展の基盤となる家庭を保護することについての政府、行政の責任が戦後、あまりにないがしろにされてきたことだろう。そして、無垢(むく)の命が奪われることをはじめ、家庭や地域社会が崩壊することで発生する社会的コストの重大さを指摘するメディアがあまりに少なく、児童虐待などの問題に対する危機意識が社会で共有されていないのである。

 「プライムニュース」には、せっかくいいテーマを取り上げたのだから、社会の危機感の足りなさについて警鐘を鳴らしてほしかった。(敬称略)

(森田清策)