聞こえのいい推薦文?実利に乏しい文春の「手術が巧いがん外科医」
◆推薦人の実名は出ず
週刊文春8月13・20日号に「本当に手術が巧いがん外科医リスト」と題して107人のがん外科医がリストアップされている。従来「いい病院」「評判のいいドクター(医者)」…などの“番付”特集は週刊誌の定番の一つ。今回のリストは、全国エリアを対象とし、「完全保存版」と銘打たれ念入りだ。
ただ、結論から言うと、100人以上の医師のリストとなると、読者のうちには何だか安心した気分で、得したと感じる人もいるだろうが、実利は乏しいのではないか。
選抜されたのは大都市の医師が多いが、全国で107人だから、均すと一県2人ちょっと。もし、自分にがんの疑いが出て逼迫(ひっぱく)し、名医をしゃかりき探し情報収集するようなことになると、これらの医師の名前はかえって簡単に割り出されるであろう名士級の人たちが多い。そんな事態になってから探せば済む話だ。
また今回のデータは「有力な医師に取材やアンケートを重ね、技術や経験はもちろんのこと、人格的にも高く評価できるがんの外科医をお互いに推薦してもらった」結果だというが、推薦人医師たちの実名がほとんど出てこない。見込まれた「有力な医師」の情報ネットワークの範囲内のものではなかろうか。
選抜された医師の特色を見ると、例えば「国内有数の肺がん手術のハイボリュームセンター。『安全第一、そして根治』をモットーとしつつ、糖尿病や心臓病を抱えるハイリスク患者の手術にも挑む」(都内某大学の呼吸器外科教授)。「他院で手術が難しいと言われた患者も、根治できる可能性があれば手術を実施。安全性も重視しており、肝がんの手術死亡率は0・2%と極めて低い」(国立大附属病院医師)。
一見、文句のつけようのない医療指針であり、その内容であるが、患者の立場からは「?」がつくのではないか。例えば「根治の可能性」を見立てるのは医師側であり、根治の可能性が高くても、一方で「合併症などがあり手術は困難」とされるかもしれない。それも医師側の全面的な主観的な判断による。だから「安全第一、そして根治」と言われても、それを事前に直接的に患者側が確認することはむつかしい。
◆治る病人だけを扱う
ほかに「胃がん・食道がんのほぼ全てに腹腔鏡及び胸腔鏡下手術を適用。国立大学でいち早くロボット手術を導入。がんの根治性を担保した治療を心がける」「胃がんに対して積極的に腹腔鏡下手術を実施し、術後の痛みの軽減や入院機関の短縮に努める。食道がんにも胸腔鏡と腹腔鏡の手術を実施する」などなど。
こう見ていくと、どれも、似たような聞こえのいい推薦文に見えてくるほどだ。
がんは、まだまだ謎の多い病気で、その治療も、マニュアル通り押していってもうまくいくとは限らない。一方、手術をしても助からないと言われ、それでもゼロコンマ何々の可能性を求め、手術を期待する患者の意に応えようとする立派な医者もいる。それに対し、病院の実績づくりのために、末期がん患者は受け入れず、治る病人だけを扱っていた大病院のケースが明るみになったことがあるが、もってのほかだ。
以前、次のような内容のメッセージを述べる、県立病院の割と知られた医師がいた。「がんを上手に治すことは私たちの使命だが、最善を尽くしても約4割は再発している。ここまでやってもらったら悔いはない、ありがとう、そんなふうに言っていただけるよう、最後まで徹底支援します。死亡者数は病院にとって不名誉だと言う人もいますが、私たちは毎年一〇〇〇人を看取ることに誇りと自信を持っています」と。こういう医師は今回、オミットされたに違いない。
リストアップされた医療側の姿勢の特徴をあえて言うと、治療方法に患部を合わせる、いわば靴に足を合わせよというような考え方がいささか先行しているように思われる。足に靴を合わせる考え方こそ必要だ。
◆夏枯れ用の水ぶくれ
評価された医師は、先進の医療技術を採り入れるケースが多いが、記事の中で「今回の取材で共通していたのは、手術が巧いと評される医師ほど、新しい技術の評価に慎重なことだった」と注釈している。いささか胸をなで下ろした。
8ページに及ぶ特集だが、夏枯れ用の水ぶくれ企画の域を出ていない。
(片上晴彦)










