トルコのIS掃討への本気度を疑問視するエルサレム・ポスト
◆存在感増すクルド人
米・トルコ両国政府が7月、過激派組織「イスラム国」(IS)掃討で連携を取ることで合意したことが報じられた。IS掃討作戦で米国がトルコ南部の基地を使用、トルコも空爆などでISへの攻撃を支援するというものだ。しかし、トルコはISだけでなく、トルコ国内やイラクのクルド労働者党(PKK)の拠点をも攻撃しており、オバマ政権は基地使用許可の見返りに、クルドへの攻撃を黙認したのではないかという見方が出ている。
トルコは、ISが一部を支配するシリア、イラクと国境を接し、シリア難民やクルド人問題など、IS掃討で難しい位置にある。シリア内戦が激化、ISやアルカイダ系のヌスラ戦線などイスラム過激派の勢力拡大もあり、トルコ領内への難民流入は止まらない。さらにトルコは、独立を求める国内のクルド人勢力と激しい戦いを30年にわたって行ってきた。その一方で、イラク、シリアのクルド人はIS掃討で大きな成果を出しており、存在感を増している。
クルド人は、イラン、イラク、シリア、レバノン、アルメニアにかけて2000万人前後が住むとみられ、対IS戦線でのクルド人の活躍に刺激を受けて国内のクルド人が反政府・独立への勢いを強めるのではないかとトルコは警戒を強めている。一方で、トルコのエルドアン大統領は、スンニ派のイスラム主義組織ムスリム同胞団に近く、同じくスンニ派のIS掃討には乗り出しにくいとみられてきた。
イスラエルの保守系紙エルサレム・ポスト(電子版)は3日付社説で、エルドアン大統領について、「ある程度、IS寄りであるはずであり、実際にISの石油取引に便宜を図っている」と指摘、同大統領のIS掃討への本気度に疑問を投げかけた。
◆PKK拠点をも空爆
トルコは米国との合意後、ISだけでなく、PKKの拠点にも空爆を加え、世界を驚かせた。クルド人勢力はシリア、イラクでのISとの戦闘で大きな成果を上げており、トルコは敵対する両者に攻撃を加えているのだ。
「クルド人は、エルドアン氏がシリアでクルド人の活動を支援する意思のないことが明らかになり、いら立ちを強めている」という。同時にエルドアン氏は、トルコ南部でテロ攻撃を行ったISに対して「懲罰」を科そうと空爆を実施したとポスト紙は指摘している。
エルドアン氏は「エスカレートする混乱の中で、損失を最低限にとどめる」必要からクルド、ISへの空爆に踏み切ったにすぎないというのだ。
ポスト紙は「トルコは単に善意から、IS掃討でオバマ氏と連携しているわけではないようだ。エルドアン氏は、ワシントンに突然、光を見いだしたわけでなく、オバマ氏の善のコンセプト支持に転換したわけでもない」と指摘したうえで、「この地域で起きることは、見た目では分からない」と中東事情の複雑さを強調した。
「エルドアン氏が、見せかけだけの協力でオバマ氏から代償を引き出したのはほぼ間違いない。エルドアン、オバマ両氏の協力は、クルド人の犠牲の上に成り立っているのだ」。オバマ氏が、エルドアン氏の意図を知ったうえで合意を交わしたのかどうかを知るよしはない。だが、エルドアン氏は先月下旬、2013年から行ってきたPKKとの和解交渉の停止を宣言、昨秋のクルド人による反政府デモを扇動したとして、クルド系政党・国民民主主義党(HDP)のデミルタシュ共同党首の捜査を始めるなど、クルド弾圧へと舵(かじ)を切った。
エルドアン氏が主導する公正発展党(AKP)は6月の総選挙で過半数を失い、代わってHDPが躍進した。過半数再獲得へ再選挙を画策しているとみられており、クルド弾圧はそのための布石との見方がもっぱらだ。
◆米との連携で複雑化
AP通信は、米・トルコ間の合意を「大きなギャンブル」と指摘、米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の軍事専門家アンソニー・コーズマン氏は同じ記事で、複雑化した中東の現状について「九つのプレイヤーが参加する、ルールのない三次元チェス」と説明、「黒白をはっきりさせようとする」現在の対応では限界があると主張した。
米・トルコの合意は、中東をいっそう複雑化させる危険な賭けとなる可能性がある。
(本田隆文)