児童虐待でも「家族の多様化」に固執し問題の核心に迫れぬ「クロ現」
◆言葉ごまかした分析
NHKはよほど「家族の多様化」という言葉が好きなようだ。その看板報道番組の一つ「クローズアップ現代」が婚外子の遺産相続裁判を扱った番組(9月30日)では、事実婚やシングルマザーの増加を「家族の多様化」と表現したことについては10月13日のこの欄で批判した。
その放送に続いて、父子家庭で起きる児童虐待問題を取り上げた同9日放送「父子家庭急増の陰で~虐待事件の波紋~」でも、ゲスト出演した識者が「家族が多様化し、国際的にもひとり親家庭は、一つのライフスタイル、生き方として認知されている」として、家族の多様化は時代の流れであることを強調した。
その識者とは立教大学の湯澤直美教授だが、出演者を選ぶのは放送局だから、NHKの価値観を反映しているとみてよい。湯澤教授は番組の最後にこんな発言もしている。
「父子の方や、母子の方の存在は、私たちがどういう社会をつくっていくかという、一つのモデルだと思う」
これは「父子家庭への理解を広げ、より良い社会につながっていくといいですね」と、国谷裕子キャスターが問いかけたことに対する応えだ。要するに、父子家庭による児童虐待の背後には、社会から孤立化して子育ての悩みを相談できない父親の存在があることから、父子家庭に対する社会の偏見をなくし、父子家庭だけでなく母親家庭も「一つのライフスタイル」として認知する社会をつくれば虐待は防げる、少なくとも改善できるとの発想だ。
至極真っ当な意見のようだが、筆者には家族の多様化という言葉のごまかしの落とし穴にはまっているように見える。児童虐待を防ぐ上で、ひとり親家庭が困った時、地域社会なりNPOなりが相談に乗るなどの手助けは必要なことではある。
◆ひとり親で虐待増加
だが、それとひとり親家庭を一つのライフスタイルと認めることは別次元の問題で、子供の心を置き去りにして大人の都合だけからの発想である。それを峻別できずに、家族の多様性を認める社会にすれば虐待がなくなるという論法は、逆に児童虐待を増やすことになりかねないのである。
資料としては少し古くなるが、東京都が平成17年末にまとめた「児童虐待の実態Ⅱ」によると、虐待する家庭が置かれている状況は「ひとり親家庭」「経済的困難」「親族・近隣等からの孤立」「夫婦間不和」「育児疲れ」の順で多く、これらの要因が複雑に絡み合って、虐待が起きることが分かっている。また当時、都のひとり親家庭は全世帯の7・3%と非常に少ないながらも、ひとり親家庭で発生する虐待は、虐待全体の36%を占めるという多さだ。
クローズアップ現代では、父子家庭が現在、全国で22万世帯を超えていることを紹介した。平成15年と比べると、28%増の急増ぶりである。母子家庭も含め、ひとり親家庭が増えたことは、児童虐待が増加する一因でもあるのだ。
もちろん、すべてというわけではないが、都の報告書からは、総じて他者とつながることの難しさを抱えた親が虐待を引き起こしていることが分かる。虐待を引き起こすひとり親家庭はそれを象徴する存在と言えるだろう。
人とつながらず、孤立する人間が増えた要因を考える場合、自由や権利に偏った戦後の精神的な風潮を無視することはできない。悪(あ)しき個人主義、あるいはエゴイズムと言ってもいいのだが、その価値観が離婚や未婚の出産を増やすだけでなく、他者を信頼し、人とつながることのできる精神を育てる家族の機能を弱めているのである。
◆子供を傷つける離婚
したがって、児童虐待の病巣はこの価値観にあると言うべきだが、そこには目を向けず、ひとり親家庭への周囲の積極的支援を強化しようと、家庭の崩壊を「家族の多様化」とごまかすことはひとり親家庭ばかりか、精神的に未熟な大人を増やして虐待をさらに深刻化させる危険な発想で、本末転倒もはなはだしい。
それより何より、ひとり親家庭増加の主な要因である離婚そのものが、子供の心を傷つける心理的虐待ではないのか。それも「一つのライフスタイル」として認めよとの主張は、虐待を防ぐという番組の趣意と矛盾することは誰にでも分かろうというものだ。
(森田清策)