流血事件多発の中東情勢に歴史と宗教を特集したエコノミストなど
◆重なり合う帰属意識
宗教に関心の薄い日本人にとって現在、世界で起こっている出来事はなかなか理解できないことが多い。例えば、中東でのIS(「イスラム国」)のようなイスラム過激派による残忍な殺戮(さつりく)事件は、単なるテロ行為なのか、それともイスラム教の教義によるものなのか、はっきり答えられる人は意外に少ない。
もちろん、過激派の行動を一つの紋切り型の主義思想で割り切って結論付けることは不可能である。少なくとも彼らを取り巻く他民族との攻防の歴史や宗教的思想的背景をしっかりと把握できていなければ、日本が今後グローバル化の中で、混迷の度合いを深める世界を生き抜いていくことはできないのは間違いないことであろう。
そうした中で経済2誌が宗教を絡めた特集を組んだ。週刊エコノミストが「日本人が知らない中東&イスラム教」(3月24日号)、週刊東洋経済が「ビジネスに効く!世界史と宗教」(4月4日号)である。かつて日本で中東問題といえば、OPEC(石油輸出国機構)の動向とイスラエル・パレスチナ問題が主な話題であったが、近年はIS問題以外にアフガニスタンやトルコ、シリア、エジプト、さらにはリビア、チュニジアなど範囲が広がっているのが特徴で、しかも、それらの国で起きている事件が多くの人の生死につながっている。従って、中東から遠く離れた日本人にとっては、「どうしてそんな痛ましい事件が起きるのか」という疑問に結びつくのである。
この問いをひもとくキーワードとして、エコノミストは次のように指摘する。すなわち、「問題を複雑にしているのは、中東の人々が①部族・家族②国民国家(シリア人、イラク人など)③民族(クルド人、アラブ人など)④宗教・宗派(イスラム教徒、ユダヤ教徒、シーア派、スンニ派)という、様々なアイデンティティー(帰属意識)をもち、場面によって立場が変化するからだ」。要は、中東地域を正確に理解するためには時間がかかっても、彼らの持つアイデンティティーをそれぞれの歴史を通して一つ一つ噛(か)み砕きながら勉強していかなければ、真の理解にはつながらないということであろう。
◆図解で済ませた東洋
一方、東洋経済は「宗教がわかると世界が見える」と大きな見出しを掲げて宗教知識の必要性を説いている。「グローバル化が進む現代だからこそ、ビジネスパーソンには宗教への知識と理解が欠かせない」というわけで、図解入りでキリスト教、イスラム教、仏教の概略をそれぞれ2㌻当てて掲載している。
もっとも、それだけで三つの宗教を理解できるものではないのは明白である。例えば、キリスト教について言えば、ここではカトリック、プロテスタント、ギリシャ正教の三つを紹介しているが、実を言えばキリスト教にはまだ多くの宗派がある。今年2月にリビアで拘束されていたエジプト人のコプト教徒がISによって殺害された事件があった。コプト教徒はエジプトを拠点とした歴史のある独自のキリスト教だが、これまでも幾度となくイスラム教の過激派から襲撃される迫害を受けている。こうしたイスラムとの関係の中でキリスト教を捉えていかなければ真のキリスト教理解にはつながらず、そういう意味では東洋経済の特集は見出しの割には内容が薄かった点が否めない。
◆中東に関心薄い日本
ところで、「日本は中東には敵はいない。だから中東諸国とはうまくやっていける」と論じる人が多い。案の定、エコノミストも「日本の中東外交 どこの国とも話せる利点生かし非軍事貢献を」との論を張っている。つまり、日本は西欧諸国のようにこれまで軍事的に中東を侵略したこともなく、利害に絡んだ争い事もなかった。従って、アラブともイスラエルとも、そしてイラクとも親しく話すことができるので、「中東和平でも米国とイランの関係改善でも日本は一定の役割を果たせるかもしれない」という。
果たしてそうであろうか。日本は中東の歴史や民族にほとんど関心を持ってこなかった。ましてや宗教の深い世界を知ろうとしてこなかった。単に石油を買っているだけの国だった。そうした国に誰が救いの手を求めるであろうか。非軍事貢献を望むのであるならば、まず上辺だけの宗教文化理解ではなく、それぞれの民族に対する民族感情や精神世界への理解が必要となってくることを肝に銘じなければならない。
(湯朝 肇)