各紙評価する岩盤規制打破の農協改革は本当に農業再生に繋がるか
◆10日各社説は同論調
「岩盤規制」の一つに挙げられていた農協改革が事実上決着した。全国約700の地域農協を統括する全国農業協同組合中央会(JA全中)が、政府・自民党がまとめた農協改革案の受け入れを9日に表明した。農協制度の抜本改革は約60年ぶりである。
改革案の内容は、①農協法で裏付けられた地域農協に対するJA全中の指導・監査権限を廃止し、JA全中は2019年3月までに一般社団法人化する、②JA全中の監査部門は新たに監査法人として分離、地域農協はその分離した監査法人か、一般の公認会計士による監査を義務付ける、③JA全中の下部組織である各都道府県の中央会は農協法上の「連合会」として存続させる――など。
要は、地域農協が全中の縛りから解放され、各農協が経営の自由度を高めて地域に即した事業内容を進めていくというものである。
翌10日付社説で取り上げた各紙は、「全中の受け入れは出発点だ」(読売)、「農業再生につなげたい」(毎日)、「農業強化の一歩にすぎぬ」(産経)、「全中の権限廃止は農業改革への一歩だ」(日経)などと、ニュアンスに多少の違いはあるものの、各紙がそろって、今回の改革を評価した。
具体的には、読売は「農業の競争力を高める取り組みを促し、『攻めの農業』を目指す狙いは妥当である」と言い、毎日は「与党議員を巻き込んだJA全中側の抵抗を抑え、改革案合意にこぎつけたことは評価できる」と。産経も「既得権益に風穴を開けたのは前進といえよう」、日経は「組織内での身内監査から公認会計士による外部監査に変われば、経営やお金の流れが明瞭になる。一歩前進だ」という具合である。
心配も、各紙ほぼ同じ。一つは、全中が農協の代表・調整機能を持つことを、農協法改正案の付則に明記する方向になった点で、「これが拡大解釈され、全中の影響力が実質的に保持されないか」(読売など)という懸念である。
もう一つは、農家以外の「準組合員」による農協サービスの利用制限を見送った点。こちらは、多くの地域農協が準組合員を有力な顧客とする金融事業などの黒字で経営を成り立たせており、「『農家のための農協』という本分が疎(おろそか)かになっている現状を放置してはならない」(読売)、「農協は農家の協同組織であることへの意識が不十分ではないか」(産経)というわけである。
ただ、各紙がこうも、そろって同じような論調を示すことに、かえって怪訝(けげん)に思えてしまうのは何故か。
◆想起される小泉改革
もともと岩盤規制の打破は、安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の成長戦略の一つであり、経済活性化が目的である。農協改革は農業分野での成長力強化を狙ったものであり、現状に即して言えば、「担い手の高齢化が深刻化し、このままでは衰退の一途をたどりかねない」(産経など)日本農業の再生策である。
農協改革には、確かに一理ありそうなのだが、これが本当に「農業強化の一歩」(産経)あるいは「農業改革への一歩」(日経)なのかどうか。
例えば、全中の監査部門の分離では、地域農協に公認会計士による会計監査が義務付けられたが、監査費用が逆に高くなり、農協のコスト増加につながる恐れがあるという。他にも少なからず問題がありそうなのである。
そこで、想起されるのが、小泉政権時の郵政民営化である。「官から民へ」のワンフレーズが叫ばれ、数百兆円の郵貯資金が民営化により民間に流れ経済が活性化するという論法で、郵政公社の民営化が進められたが、経済活性化にはほとんど寄与しなかった。
◆言葉や事象に酔うな
今回の農協改革が、小泉郵政改革と同様に活性化に寄与しないとは言わないが、「岩盤規制」を打破して、すぐに日本の農業に明るい展望が開けるということでもない。農業従事者の高齢化、後継者不足に直接、回答を与えるものではないからである。
11日付で社説を載せた朝日、東京は「まだやることがある」(朝日)、「本当に農家のためか」(東京)と評価の言葉は一切なし。小泉郵政改革時の「官から民へ」と同様、「岩盤規制の打破」という言葉あるいは事象に酔い、本当の目的を見失ってはなるまい。
(床井明男)