ニュース番組を「番宣」利用したNHK杯フィギュアの羽生偏向報道

◆悪しき視聴率主義に

 「番宣」(番組宣伝)というテレビ業界用語がある。特定番組の視聴率を上げるための宣伝のことだが、放送中の番組で、視聴者に向けて自局の他番組をPRすることもこれに当たる。例えば、2日放送のNHKのトーク番組「スタジオパークからこんにちは」のゲストは、現在放送中の土曜ドラマ「ダークスーツ」の主演俳優斎藤工だった。

 自局のドラマに出演して人気を集める芸能人を登場させれば、それだけでトーク番組の視聴率が上がる。一方、連続ドラマが人気低迷する場合では、その主演俳優を別番組に露出させれば、視聴率アップにつながる可能性がある。つまり、連続ドラマとトーク番組はそれぞれに持ちつ持たれつの関係にあるわけだ。視聴者にとっても、注目ドラマで主演を張る俳優について、私生活も含めてさらに知ることができるというメリットがあるから、NHK、民放にかかわらずトーク番組の番宣利用はよくある。

 だが、ニュース番組で番宣まがいの報道を行ったのでは、ジャーナリズムの質の低下につながってしまうから避けるべきだろう。NHKが最近、それを盛んにやっている。その象徴はフィギュアスケートNHK杯に出場した羽生結弦に関する報道で、悪(あ)しき視聴率至上主義がNHKにも及んでいることを示した。

 現在のフィギュアスケート選手の中で、ソチ五輪金メダリストの羽生は女性を中心にずば抜けた人気を誇っている。ファンならずとも、彼のNHK杯出場については関心があったろう。このため、大会前からニュース番組で、羽生の動向を伝えることはそれなりの価値のあることだから、それを報道することは頭から否定しないが、一連の報道における“羽生偏向”は度を越していた。

◆応援団的な煽り口調

 まず、男子シングル・ショートプログラム(SP)直後に放送された「ニュースウォッチ9」(28日夜)。中国でケガをして体調が万全でない羽生は5位だったが、番組オープニングで5分近くも取り上げた。しかも、キャスターの大越健介は「羽生選手、執念の出場ですが、今日は2回の転倒がありまして、今日のところは苦笑いを浮かべる形となりました」と、まるでバラエティー番組の司会者だ。さらに、スポーツ担当の廣瀬智美も「5位の羽生選手は、あすのフリーで巻き返しを狙います」とコメントするに至っては、「NHKはそろって羽生の応援団か」と突っ込みを入れたくなった。

 翌日(29日)のフリーの直前に放送された「ニュース7」でもこの姿勢は同じ。オープニングで「ショートプログラム5位の羽生結弦選手。ケガを押して、逆転優勝なるか。勝負のフリーに挑みます」と、ナレーションは煽(あお)り口調。

 ニュース番組のオープニングは、その日の放送で、視聴者に最も見てほしい内容を頭出しするものだ。衆院選の公示を間近に控えたこの時期に、NHK杯での羽生の演技以外に流すネタはなかったとは思えない。

 大会を共催するNHKはSP、フリー、エキシビションと3日にわたる大会をすべて放送した。活動休止中の浅田真央が出場しない中、視聴率の鍵を握ったのは羽生。NHKの看板ニュース番組がそろってオープニングから彼を取り上げたことに、「ニュースで番宣か」と思わずにはいられなかった。

 これを裏付けるように、「ニュース7」のスポーツコーナーでは、SP女子3位に食い込んだ宮原知子をメーンに取り上げたが、ニュースのあとに演技が行われる男子は「5位からの巻き返しを狙う羽生結弦選手は午前の練習で復調を感じさせました」と、ファンに期待感を持たせた。そして、SPでトップに立った無良崇人について「NHK初優勝とグランプリシリーズ3勝目を目指します」と紹介したが、「男子のフリーは先ほどから始まり、このあと注目の2人が登場します」と、村上大介は無視だった。

◆スポーツなら優勝者

 羽生偏向もここまで来たかと思わせたのは、フリーが終わったあとの「サタデースポーツ」(29日)。トップで流した映像はやはり羽生だった。「あの衝突から3週間。王者の意地を見せられるか」と、4位に終わったにもかかわらず約6分も続けた。初優勝した村上と3位に入った無良は2人合わせ3分だけ。スポーツニュースなら初優勝した村上を真っ先に取り上げるべきだったろう。

 NHKは、会場を満杯にする役割も担っていたのだろうが、視聴率競争に煽られて連日番宣を行ったのでは、NHKニュースも民放の情報バラエティーに近づいてきたと言うべきだろう。(敬称略)

(森田清策)