議論が北朝鮮ペースの土俵に乗った邦人拉致めぐるNHK日曜討論
◆拉致問題薄めた協議
北朝鮮による日本人拉致被害者の再調査報告が遅れていることについて説明を受けるため、10月28~29日に平壌入りした日本政府代表団が30日に帰国し、安倍晋三首相に協議内容を報告した。
再調査は北朝鮮特別委員会により①拉致被害者②行方不明者③日本人遺骨④日本人配偶者――の四つを同時並行で行い、夏の終わりから秋の初めに最初の報告をするとされていた。北朝鮮側からの説明は、日本が最優先する①ではなく③についてであり、拉致という核心問題を外していた。
拉致被害者帰国が国民的関心事のなか10月26日のNHK「日曜討論」は、政府代表団が北京経由で平壌入りする直前に「“拉致再調査”代表団派遣 北朝鮮はどう動く」と題する討論番組を組んだ。
拓殖大学大学院特任教授・武貞秀士氏、関西学院大学教授・平岩俊司氏、元日朝国交正常化交渉政府代表・美根慶樹氏、早稲田大学教授・李鐘元氏ら識者らの現状認識は、北朝鮮は経済が改善し、張成沢粛清後の金正恩体制は安定しており、中国との政治関係は冷えたが、軍事・経済関係は不動、ただ北朝鮮は極端な中国依存の比重を下げようと露日米韓など各国との外交に動きだした――というもの。
情勢分析など聞かせる発言が多かったが、識者らは北朝鮮を相手にする難しさを知り過ぎているためか、かえって北朝鮮ペースの土俵に乗った議論と感じた。もっとも、協議再開にあたり「平壌宣言に基づき国交正常化をゴール」(平岩氏)とする5月の日朝ストックホルム合意自体が北の“変化”に乗せられたのかもしれない。
李氏は、再調査が四つになったことに「北朝鮮からすると拉致問題の比重を薄めるため問題を広げて、他の問題をくっつけて、場合によってはそれによって進展を見せる」と指摘。これは今回の協議に表れた。
拉致被害者について武貞氏は、北朝鮮側が再調査で「政府認定の12名の問題を最初に入れていなかったことはあり得る。はっきりした情報をおそらく持っている。これは日本社会が激高する内容が含まれているかもしれないから、最後にしておこうということは当然考えられる」と述べた。拉致は北朝鮮がしたことであり邦人被害者の情報は掌握しているだろう。
◆原則外す国交は疑問
その報告が「秋の初め」を過ぎてもないことについて、美根氏は「北朝鮮側はいつでも説明すると言っている」と述べ、今回の代表団の平壌入りなど協議の過程ではっきりしてくるだろうと見通した。
ただ、これは北朝鮮が約束をなかなか履行しないことで日本側を葛藤させることにより、ゆくゆく小さな進展を大きく見せて日本から成果を引き出そうとする取引に見える。既に日本は協議促進のため対朝制裁を一部解除した。日本では拉致被害者家族会の運動や政府の取り組み、各党の選挙公約もあり、北朝鮮に対し厳しい世論があっても交渉せざるを得ない状況を逆手に取っている側面がある。
また、武貞氏は我が国に対朝戦略が欠けていると指摘したが、実際、その通りであろう。北朝鮮の戦略については、核兵器を小型化しワシントンを射程にするミサイル開発によって米国を中立化し、半島統一を進める(同氏)――など、識者らも訴えるものがあるが、我が国がどうするかの議論になるとあやふやになる。
平岩氏は「韓国や米国の一部には日本は拉致の問題だけを優先して核・ミサイルの問題を蔑(ないがし)ろにするのではないかという誤解がある。……核・ミサイルの問題も解決されなければ国交正常化はできない」と述べ、日朝平壌宣言の原則を確認した。
その後に、積極的な対朝交渉を主張する武貞氏が「私はずばり国交正常化したほうがいいと思う。拉致の問題完全解決の前でも日朝国交正常化をして」拉致問題を解決するべきだと主張。NHKとは別に武貞氏の見解は本紙10月31日付も詳報したが、同番組で述べた拉致問題解決前の国交正常化という原則を外した意見は疑問だ。
◆「圧力」の議論も必要
これでは邦人拉致の犯罪が北朝鮮の“成功神話”になってしまう。国民を「イスラム国(IS)」に拘束されている欧米の国で、ISを承認して国交を結び解決を探る提案が受け入れられるだろうか。もっとも、ISは敢えて人質斬首を公開し「激高」を買っているが……。
また、番組冒頭で紹介された安倍晋三首相の「対話と圧力、行動と行動」で臨む方針について、どの段階で再び制裁をするのかという「圧力」についての議論もあってよかったはずである。
(窪田伸雄)





