表紙を飾らなかった東洋経済の特集「地政学リスク」の事なかれ主義

◆「イスラム国」の脅威

 世界中の至る所で紛争や戦争が勃発している。それは収まるどころかむしろ拡大の方向に向かっているようだ。そうした地域間の政治・外交・経済リスクを「地政学リスク」と称しているが、この地政学リスクが国民生活に大きな影響を及ぼしている。

 週刊東洋経済はこの地政学リスクに焦点を当てて、10月18日号で巻頭特集を組んだ。もっとも、表紙を飾り何十ページにもわたるものではなく、20ページ足らずで同誌の本来の巻頭特集に比べれば4分の1の分量である(表紙は「会社の片づけ」)。半ば企画倒れの印象の特集見出しは、「地政学リスク高まる!」、サブタイトルは「あなたの資産はどう守る?」となっている。

 現在、紛争やリスクを抱える地域は、「イスラム国」の動向を抱える中東のシリア、イラクばかりでなく、ロシアとウクライナ、中国とベトナム、日本と中国、など40カ国・地域を優に上回る。

 とりわけ、問題になっているイスラム・スンニ派の武装勢力「イスラム国」については、戦闘要員に自国の兵士ばかりではなく、ヨーロッパや日本など先進諸国の社会に不満を持つ若者までが参加していくという、これまでにない動きが出ているところから各国政府が神経質になっている。2001年の米国を襲った9・11事件のようなテロ事件が帰国した若者によって引き起こされるかもしれないという恐怖につながっているのだ。

 こうした地域間紛争やテロ事件や国内暴動が経済活動に及ぼす影響はすでに日本も経験しているところ。かつては1973年のオイルショック時、第4次中東戦争で原油価格が暴騰し、トイレットペーパー騒動が日本国内を覆った。最近では尖閣諸島をめぐって日本と中国が緊張関係に陥り、中国国内で反日暴動が起こり多くの日本企業が大規模な損害を被ったことは記憶に新しい。

◆寺島氏の主張は疑問

 それだけに、国民の地政学リスクへの意識は高まったと言えるが、こうした地政学リスクの要因について、とりわけイスラム圏の動向を東洋経済は日本総合研究所理事長の寺島実郎氏を登場させて論評させている。

 すなわち、寺島氏は第一に現代の地政学リスクの要因を「ついこの間まで『唯一の超大国』と呼ばれた米国のガバナンスが、急速に劣化したこと。それによって中東が“液状化”した」と分析、また、「第一次世界大戦の秩序が今、崩壊し始めている」と説明する。さらに、寺島氏は次のような提言をした。

 「一昔前の価値観からすれば『既存の国民国家という線引きを、多国籍軍がぶち壊し始めている』ととらえられよう」と語り、その上で「日本は自国の立ち位置をよく考えるべきだ。……領土的野心を持たずに中東に関与できるポジティブな立場に立っている。……米国と一体化した中東への関与は日本の国益ではない。……テロリストに『同じ穴の貉(むじな)』と思われるのは愚かなことだ」

 同氏が語る「日本の立ち位置」とは一言で言えば事なかれ主義であろう。「米国と一体化した中東の国策は日本の国益ではない」と断言するのも無謀だ。確かに日本は中東諸国に対して寺島氏が語るように別段敵対心を持っているわけではない。しかし、日本の安全保障は米国とともにあることは明白なのである。

 尖閣諸島をめぐって中国と対峙している日本にとって、対中国の時は米国に対して「一体化しましょう」と誘い、対中東問題には「勝手にどうぞ」というのでは信義にもとるというもの。ましてや原油輸送のシーレーン(海上交通路)を米国に守ってもらっている我が国としては、寺島氏の主張は当たらないであろう。もちろん、日本の立場を中東諸国に理解してもらう交渉の必要性は言うまでもない。

◆買い相場とみる識者

 ところで、今回の東洋経済の特集において、〈Part2〉では「地政学リスクを投資に生かす」と題し、有事が起こった際の株価・為替の動向などを分析しているが、その中で元キャピタル・インターナショナル代表の吉野永之介氏へのインタビューが興味深い。

 「戦争は『買い場』」といういささかショッキングな見出しがついているが、話としては面白い。「人道的な見地から『戦争を買い材料にするとは何事か』といわれるかもしれない。しかし、人道的かどうかは別問題」と割り切って、株式投資や地政学リスクについて独自の理論を展開している姿はある意味で理論的でさえあった。

(湯朝 肇)