朴政権の思惑と一線を画したローマ法王の訪韓対応を解説した毎日

◆「慰安婦」より「南北」

 フランシスコ・ローマ法王の5日間(14~18日)の韓国訪問が終わった。滞在中に中部都市の大田(テジョン)で記念ミサ(15日)、ソウル・光化門広場で殉教者を「列福」する大規模野外ミサ(16日)、ソウル・明洞聖堂で「平和と和解のためのミサ」(18日)などの日程をこなした。

 新聞はこれら行事を報じる中で、明洞聖堂のミサにはいわゆる元慰安婦の女性7人も参席したことを伝えた。それと同時に「法王庁報道官はミサに先立ち『政治的な意図はない。元慰安婦を慰めるためだ』と強調した」(日経18日夕)、「元慰安婦の出席についてバチカン、韓国カトリック側ともに『苦しむ人たちをなぐさめ、癒やすのが聖職者の務めであり、政治的意図はない』としている」(朝日・同)などと、露骨な政治色を嫌うバチカンの立場と配慮を示すコメントも報じた。

 「法王との対話が実現し、韓国側としては慰安婦問題を国際社会に訴えることができた格好。ただバチカンでは法王が訪韓中に政治的な問題に関わることに慎重な姿勢を続けており、ミサでも説教で慰安婦問題への言及はなく、朝鮮半島の南北が和解し統一へと向かうよう呼びかけた」(産経19日)のである。ローマ法王とそれを支える官僚の的確な国際情勢の分析と問題判断におけるバランス感覚と思慮深さが、記事から読み取れよう。

◆客船セ号事故に配慮

 そのことは一報記事とは別にローマ法王訪韓を総括した解説記事が、より鮮明に示している。記事を掲載したのは毎日(19日・クローズアップ2014)、産経(23日・緯度経度)、小紙(20日)、朝日(19日)の4紙。

 なかでも「韓国 政権挙げて『歓待』/バチカン 深入り回避」の見出しで、法王と元慰安婦の対面をとりあげた毎日の深読み記事は興味深い。記事は「韓国教会が整えた『元慰安婦のミサ参列』というお膳立てを前に、バチカンは『朴政権の応援団』と受け取られないよう、微妙なバランス感覚を見せた」例として、「ナヌムの家」(元慰安婦らが暮らす施設)の法王訪問を受け入れなかったこと、法王の元慰安婦との個別会談の機会を設けなかったことを指摘。「慰安婦問題を国際的にクローズアップしたい韓国側」と「法王の『貧者の教会』路線の一環」とする立場との、双方の思惑の違いを浮き彫りにした。

 バチカンの狙いは「(韓国と北朝鮮に分断された)朝鮮半島の和解だ」とバチカンの通信社編集長に解説させる一方で、記事はまた、この4月に起きた韓国客船セウォル号沈没事故の犠牲者遺族とは面談するなど対照的な法王の手厚い対応にも注目した。このために「朴政権には慰安婦問題を(対日圧力のテコとして)利用する余裕はなかった」とする韓国紙記者の見方も紹介するなど、法王をめぐる動向をバランスよく解説した毎日記事は示唆にも富んでいて興味深く読めた。

 「ローマ法王厚遇 裏目に?」のタイトルの産経は、韓国政府がローマ法王を異例の厚遇をした理由を次のように分析した。「ローマ法王の韓国での様子は、カトリック国家をはじめ世界中に伝えられることを計算し、韓国の国際的イメージアップにつなげたいと判断した」こと。「『貧者の教会』を強調する法王に乗っかることで、朴槿恵政権がいかに貧者に配慮しているかを国民に印象付けようとした」からである。

◆北の民衆に言及せず

 だが、それが裏目に出た感があると筆者の黒田勝弘氏は分析する。「法王の貧者や弱者への配慮が韓国内の反政府・野党勢力を勢いづけたからだ」と。セウォル号沈没事故の“後遺症”などから脚光を浴びたのはほとんどが反政府・野党勢力だったとし「韓国カトリック界には以前から左翼的な『正義具現司祭団』という組織が存在し反政府運動を展開してきた」と指摘。その“影”が「今回もうかがわれる」とし、過去には「ひそかに平壌を訪れ韓国非難をした神父もいる」と警告した。

 そして、法王は今回「韓国の不幸な人びとに触れながら、北朝鮮の抑圧された人びとにはひと言もなかった」ことを共産主義批判を明確に打ち出したヨハネ・パウロ2世(2005年死去)と比較して批判。「救済のメッセージを最も送らなければならないのは北朝鮮の民衆だったはず」で「期待はついにはずれた」と記事を結んだ。ローマ法王の訪韓を新聞は概(おおむ)ね好意的に報じた中で、異彩を放った記事である。

 小紙は朝鮮日報コラムを引用して「法王の低姿勢はまだ随所に権威主義的風潮が残る韓国社会に対する『無言の忠告』」だと指摘した。

(堀本和博)