マレーシア機撃墜の衝撃を写真で訴えた新潮と外交分析加えた文春
◆怒り禁じ得ない事件
ウクライナ東部でのマレーシア機撃墜事件は衝撃を与えた。誰が何のために撃ったのかはいまだに解明されていない。「ロシアの支援を受けた親露派による」説がもっとも有力視されているが、彼らが認めるわけもなく、言い逃れできない証拠もまだ見つかっていない。
乗客乗員298人が高度1万㍍で空に投げ出され、落ちてきたのだという。何が起こったのか分からず、酸欠と衝撃で「ほぼ即死状態」だったというから、せめてもの救いだが、遺族や世界を震撼(しんかん)させ、激怒させたのは、遺体への対応だった。
週刊新潮(7月31日号)が特集を組んでいる。冒頭のグラビアで墜落現場の写真を掲載しており遺体が写っている。日本の事故報道ではこうした遺体写真を出さないものだが、同誌は敢えて載せたのだろう。議論を呼ぶ可能性もあるが、この1枚は撃墜がどれほど悲惨で理不尽かを伝えている。
この地獄絵図の中で、乗客の荷物からクレジットカードなど金品を奪う「火事場泥棒」を英国のTVが報じていたと同誌は紹介した。遺体の多くが裸だったという。落下している間に衣服が剥がれた結果だ。バラバラの機体と共に落下し、旅の思い出の詰まったスーツケースやシートなどといっしょに散らばっている光景は、「犯人」への怒りを掻(か)き立てる。
同誌はほかに、マレーシア航空が3月の「失踪」に続き、今回の事故で経営難が重なり、破産の危機に見舞われていること、被害者が一番多かったオランダのルッテ首相が電話でプーチン露大統領に「食って掛かった」エピソードなどをまとめている。
「プーチン大統領が親ロ派リーダーを差し出すか」という最後の記事では、撃墜で「奇妙な暫定的安定化」がもたらされたという「作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏」の分析を載せた。
それによると、ロシアも手を焼いていた親ロシア派への統制強化の口実ができ、東ウクライナの安定化が図られることは欧州連合(EU)側の利益でもあることから、「思惑の一致」が成り立つということだ。
だが、「真相」が明らかになれば、「犯人」への制裁や、「補償」の実行などをめぐって再び混乱が始まることになる。ロシアとEUの思惑下でうやむやにされる“国際政治の現実”を見せられては遺族はたまらないだろう。犠牲者の多かったオランダ、マレーシア、オーストラリアなどは収まらないはずだ。
◆対露・朝にブレーキ
週刊文春(7月31日号)は事故を別の角度から切っている。「日本・ロシア・北朝鮮『新三国同盟』の悪夢」の記事だ。今回の撃墜で頭を悩ませているのは、実は官邸である。中国、韓国との関係が悪化し、米国とも良好とは言えない状況で、外交で進展が期待できるのはロシア、北朝鮮である。
安倍首相は中韓首脳との会談が1回もないのに比べて、プーチン大統領とは5回も会談を重ねている。その中には、北方領土問題、エネルギー問題、対中国問題など、日本外交の重要項目が含まれている。
北朝鮮も「唇歯の仲」だった中国との関係がギクシャクし、韓国との対話が進まず、ミサイル発射などで国際的孤立を深めている中で、日本に突破口を求めて、拉致問題解決でかつてない積極的な姿勢を示している。同誌の連載コラム「飯島勲の激辛インテリジェンス」に詳しい分析がある。
こうして日露、日朝関係が進んでいるのだが、マレーシア機撃墜でロシアが国際的非難の的となり、クリミア併合で発動された国際的な制裁が本格化してくれば、日本としても同調せざるを得ず、対応に苦慮するというわけだ。
同誌は「外務省関係者」の話として、「今回の撃墜事件で、安倍政権の外交に大きな狂いが生じた」と伝えている。ロシアから北方領土解決策の提案などが出てきた場合、日本は対米関係を考慮して、進退が難しくなるからだ。
◆困る「日露朝」同盟視
なにより、世界の嫌われ者(露朝)との関係が進展し「日露朝」新三国同盟などと一括りにされるのが一番困る。「実績を残そうと焦るあまり、落とし穴にはまらないといいのですが……」と「ある官邸関係者」は同誌に語っている。
撃墜事件が日本外交に及ぼす影響は甚大だ。このことに目を向けた文春と衝撃的な遺体写真を載せた新潮。両誌とも読み応えがある。
(岩崎 哲)