朝日記事引用の福島原発事故「吉田調書」に「命令に違反」の印象なし
◆事故後「鼻血」増えず
原発事故後に鼻血が頻発しているとした漫画「美味しんぼ」騒動に決着をつける調査結果が発表された。
福島県相馬郡医師会が旧警戒区域(20㌔圏内)を含む管内の医療機関にアンケート調査したところ(回答52機関)、3機関で鼻血が増えたと訴える患者がいたが、血小板が減るといった放射線被ばくとの因果関係が疑われる診断結果はなかった。
2011年度から13年度にかけて住民延べ3万2000人余りが受けた健康診断でも、事故前に比べて鼻血が出るようになったと答えた人はいなかった。
この調査結果は5月末に発表されたものだが、いま初めて知ったという読者もおられよう。朝日が31日付の中面下段に短く報じたように各紙とも扱いが小さかった。調査が自民党環境部会から依頼されたもので、発表が部会の会合だったことから、どうやらバイアスが掛かったようだ。
次の例もそうしたバイアスなのか、朝日が5月20日付1面トップで報じた「吉田調書」が物議を醸している。福島第一原発所長で事故対応の責任者だった吉田昌郎氏(13年死去)が政府事故調査・検証委員会の調べに答えた「聴取結果書」(吉田調書)を入手したとし、「所長命令に違反 原発撤退/福島第一の所員9割」と大きく報じた。
東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10㌔南の福島第二原発へ撤退していたというのだ。朝日は「その後、放射線量は急上昇しており、事故対応が不十分になった可能性がある。東電はこの命令違反による現場離脱を3年以上伏せてきた」としている。
吉田調書は11年7月に政府事故調が吉田氏を聴取したもので、原本は内閣官房に保管されており、非公開だ。誰かが持ち出し、朝日に持ち込んだのだろうか。何か裏を勘ぐりたくなる記事である。
◆逃げ去ったと海外紙
朝日は「命令違反」「9割撤退」とおぞましく書くが、記事の「調書」を読むと、いささかニュアンスが違っている。吉田氏は事故対応と関わりの少ない下請け作業員らを帰らせるために第二原発に移動するバスを手配したが、所員の誰かが運転手に「第二原発に行け」と指示して出発したという。
吉田氏は「次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2F(第二原発)に行ってしまいましたと言うんで、しょうがないな」と思ったという。現場の混乱ぶりをうかがわせるが、命令に違反して「逃げた」という印象はない。現に所員らは4、5時間後に戻り始めたとしている。
もともと事故対応には50人ほどが現場に踏みとどまり、海外でも「フクシマ50」と称賛された。それを朝日は「調書」を使い、ことさら所員が逃げたかのように描いている。
これに対してノンフィクション作家の門田隆将氏は「週刊ポスト」(6月20日号=9日発売)誌上で「朝日新聞『吉田調書』スクープは従軍慰安婦虚報と同じだ」と痛烈に批判した。門田氏は生前の吉田所長に唯一インタビューした人物で、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)の著者として知られる。
門田氏によれば、朝日の「誤報」によって海外では「命令にも関わらず、パニックに陥った作業員たちは福島原発から逃げ去っていた」(米ニューヨーク・タイムズ)となじり、韓国に至っては「日本版セウォル号 福島事故時に職員ら命令無視して原発から脱出」(国民日報)と書き立てているという。
「韓国のフェリー『セウォル号』の船長が真っ先に逃げ出していたことに驚愕(きょうがく)した世界のメディアが、今度はあの福島第一原発事故の時、日本人も『逃げ出していた』という報道を行っている」。門田氏は「福島の勇士」が貶められたと嘆き、虚報が日本叩きに使われる、朝日の従軍慰安婦虚報と同じ構図だと断じている。一方の朝日は訂正と謝罪の記事掲載を求める抗議の文書を送った(10日付)。
◆「調書」本物でも虚報
慰安婦虚報で謝罪もしない朝日が門田氏にいったい何を訂正し、謝罪せよというのだろうか。「吉田調書」が仮に本物でも所員の退避だけを吹聴するのは木を見て森を見ない「虚報」と言うほかない。
(増 記代司)