中高年の薬物汚染と脱法ドラッグの“覚醒剤化”に警鐘鳴らすNHK

◆ASKA逮捕で注目

 人気男性デュオ「CHAGE and ASKA」のASKA容疑者(56)=本名・宮崎重明=らが覚醒剤所持容疑で逮捕されてからもうすぐ1カ月になる。芸能人の薬物事件が発覚すると、テレビのワイドショーなどは、容疑者の私生活を執拗(しつよう)に追いかけて興味本位の報道合戦を繰り広げ、しばらくすると事件は忘れ去られるという繰り返しである。

 ASKA容疑者の場合もその傾向はあるが、薬物汚染を芸能界だけの特殊な問題と捉えず、今の日本が抱える深刻な社会問題として警鐘を鳴らそうとする番組もあった。

 フジテレビ日曜朝放送の「ワイドナショー」は、芸能ニュースや時事問題などを扱うバラエティ感覚の番組だ。レギュラー・コメンテーターの松本人志やゲストの発言は視聴者受けを狙った、それこそ“ワイドショー”の域を出ないものが多いのだが、5月25日に出演した脳科学者の茂木健一郎は、ASKA容疑者の逮捕に関して、こうコメントした。

 「結論から言ったら、(薬物は)絶対にやっちゃダメなんですよ。依存症になるということは(脳が)ショートすること。昔から、アーティストだから仕方がないというが、とんでもない。アーティストは苦労して作曲し、パフォーマンスして喜びを得る」

 その上で、努力もしないで、薬物で快楽を得ていることについて「音楽的な創造性は(薬物乱用前より)落ちているはず」と、ASKA容疑者に“カツ”を入れた。鼻血が出る人が増えているなど、福島の原発事故の健康への影響に関する描写が問題となった漫画「美味しんぼ」騒動については、「実際、不安を感じている人はいらっしゃる。漫画の表現としてはありかな」と、専門以外のテーマだからか、科学的知見を無視した発言もあったが、専門分野の脳の話になると、さすがにツボを外さない。

◆日本が密売の標的に

 この1カ月間、NHKの薬物問題への力の入れようは目を見張るものがある。焦点を当てたのは中高年の薬物汚染だ。ASKA容疑者が逮捕されてすぐの5月19日、「ニュースウオッチ9」がこの問題を取り上げたのを皮切りに、「クローズアップ現代」(「中高年と覚醒剤」=6月5日放送)、「週刊ニュース深読み」(「中高年がなぜ? “薬物”本当の恐ろしさ」=同7日放送)と続いた。同容疑者逮捕の少し前には、福岡県の小学校校長(57)が覚醒剤所持の疑いで逮捕されるなど、社会的地位のある中高年の覚醒剤事件が頻発したことが背景にある。

 中高年の覚醒剤汚染の深刻さは統計にも表れている。覚醒剤での検挙者は平成9年は20代が全体の42%、40歳以上は23%と、若い世代が多かった。しかし、同25年にはこれがそれぞれ14%と52%と逆転してしまっている。

 前記の三つの番組で指摘した内容だが、覚醒剤が中高年に蔓延(まんえん)する理由はこの世代は①仕事や家庭のことでストレスを抱えている②お金を持っている③ネットの普及で売人に接触しやすくなっている④バブル時代に20代を過ごし、この時期に乱用した経験者が多い――というものだ。

 さらに、懸念されるのは、今後も覚醒剤汚染が拡大する恐れがあることだ。世界の密売組織が比較的高値で売れる日本をターゲットにしているからだ。昨年国内で押収された覚醒剤は800㌔超で、過去10年で最高だった。もちろん、これは氷山の一角である。

 こうした状況に、麻薬取り締まりの専門家は「中高年を含む、いわば社会の中核となる人たちが薬物乱用に走るのは、極めて危惧されることで、社会の崩壊につながるのではないか」(「クローズアップ現代」)と危機感を募らせている。

◆警戒心強める番組を

 麻薬乱用で、もう一つの注意点は、いわゆる「脱法ドラッグ」が危険度を増していること。「脱法」という言葉の響きから、違法薬物よりも健康への害は少ないという認識があるが、それは間違い。中に何が入っているか分からない分だけ逆に危険なのだ。最近は覚醒剤に近い成分の薬物が含まれている。脱法ドラッグ乱用がきっかけとなって覚醒剤に手を染める乱用者も多い。

 違法、脱法にかかわらず警戒を強める必要がある薬物乱用問題に、NHKや民放が力を入れるのは歓迎すべきこと。視聴者の警戒心をさらに高めるため、こうした番組をもっと続けてほしい。(敬称略)

(森田清策)