事実を顧みず『真実編』を押し通した「美味しんぼ」をアエラが後押し

◆小学館は休載を決定

 東京電力福島第1原発事故の健康影響に関する描写が波紋を広げている週刊「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)連載の漫画「美味(おい)しんぼ」が、26日発売号から当面休載することになった。19日発売の最新号では編集長名で今後の方向性に関して「批判、お叱りは真摯に受け止め、表現のあり方についていま一度見直していく」としている。「美味(おい)しんぼ」休載までのてん末は、表現の自由について考えさせられる。

 アエラ5月26日号に「『美味しんぼ 福島の真実編』に大バッシング そこから見えた『真実』」と題した記事が載っている。

 「とにかく、どこをみても批判の大合唱である」の書き出しは、福島県が12日「風評被害を助長するものとして断固容認できず、極めて遺憾だ」というコメントを発表したことなどを指している。

 福島県が問題とした箇所は「福島第一原発事故と鼻血をめぐる記述」で、「福島第一原発の事故現場を取材した主人公の新聞記者が、帰京後に極度の疲労感を訴え、突如、鼻血を出す。そして、福島県双葉町の井戸川克隆前町長が実名で登場し、『福島では同じ症状の人が大勢いますよ』『福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは、被ばくしたからですよ』などと証言する」くだり。地元自治体の双葉町や福島県では、住民居住区への放射能の被害が収拾へと進む中、いやが上にも神経をとがらせたわけだ。

◆「風評被害」の可能性

 ところが記事では「美味しんぼ」の原作者の雁屋哲氏が福島第一原発を取材後に、また井戸川氏も鼻血が出たとし、「放射線と鼻血の因果関係は科学的根拠がはっきりせず、多くの専門家が否定する。しかし、繰り返し福島を訪ねても健康被害などないという指摘が真実であるのと同様に、雁屋氏や井戸川氏の鼻血や疲労感もまた、一面の真実なのだ」と記している。各人の実感こそ真実であり、それを表現することは自由であるというのだ。

 だが今回、地元自治体が特に問題にしているのは、実名で登場する地元・双葉町前町長の井戸川克隆氏が「福島では同じ症状の人が大勢いる」「(原因は)被ばくしたから。今の福島に住んではいけない」と述べている箇所だ。この部分は明らかに事実に相反しており、風評被害をもたらす可能性がある。この2カ所について、アエラははっきりと訂正を促すべきだ。

 しかしアエラにこの点についての言及はなく「全編を読めば、雁屋氏の訴えたいことがわかる。福島の農家や漁師たちが安全基準をクリアするためにどれほど苦労し、消費者や業者の買い控えでいかに苦境に立たされているか。福島の豊かな食文化を培ってきた自然が失われたことも嘆いてきた。事故の当事者である東京電力、政府の無策・無責任―雁屋氏の憤りはそこにある」とする。

 「全編を読めば…」で思い出したが、児童養護施設の子供たちを描いたテレビドラマ「明日、ママがいない」が当の子供たちを萎縮させ、傷つかせるなどと、物議を醸したとき、制作の日本テレビが「最後まで見れば理解してもらえる」と視聴者を懐柔した。しかしこの時も実在の「赤ちゃんポスト」を直接出してネタにしたことについては謝罪があってしかるべきだった。

◆漫画もルポは事実を

 小説やルポルタージュなど文字媒体の世界では、書き手は名誉毀損(きそん)で訴えられないようかなりの注意を払っているが、それでもいくつか“不名誉”がある。例えば故・清水一行氏の著作「捜査一課長」(集英社刊行、絶版)。この小説は1974年に兵庫県西宮市の知的障害者施設・甲山学園で園児の死亡事故が発生したことに端を発する甲山事件をモデルにしたもので、捜査の難しさをポイントにおいた作品だ。内容的に場所と登場人物を変えてあったが、その後、犯人として逮捕されたYさんが清水氏を名誉毀損で訴え、最高裁で清水氏の敗訴が決定した。

 これに対し漫画の場合は、ドキュメンタリーやルポルタージュと脚色ものを区別する基準がかなりあいまいのままでよしとするところがある。今回の「美味しんぼ 福島の真実編」の場合、ルポの範疇(はんちゅう)であり極力、事実を連ねていかなければならないはずだ。日本の漫画の進化の道を閉ざさないためにも、改めて指摘しておきたい。

(片上晴彦)