中国の日本船差し押さえで日中共同声明に触れない日経、毎日社説

◆実力行使と産経解説

 中国の裁判所(上海海事法院)が戦前(1930年代)の船舶賃貸借をめぐる訴訟に絡み、商船三井の大型船舶を差し押さえた問題は日本企業ばかりでなく日本社会にも大きな衝撃を与えている。日本などでは当たり前の政経分離や司法、立法、行政の三権分立の原則が確立されていない中国では、以前から国交関係の悪化がそのまま経済関係にも及ぶチャイナリスクが危惧されてきた。それが現実のものとなってきたからだ 。

 共産党独裁の中国では政治が経済や司法を支配する。そのため差し押さえは、尖閣諸島「領有権」の主張など無理筋の横車を押し通してでも日本をねじ伏せようと狂奔する習近平政権の「反日キャンペーン」を反映したものと言っていい。産経(21日付)は北京発の分析記事(第1面)で「反日キャンペーンは、言論による日本批判から日本企業の資産接収という『実力行使』に進んだことを強く印象づける」と中国の反日が実力行使段階に入ったと解説している 。

 海事法院が差し押さえたのは、中国向けに鉱石を輸送する大型貨物船「バオスティール・エモーション」(載貨重量22万6000㌧)。訴訟は当時の中国の船舶会社が商船三井の前身会社の一つ「大同海運」に船舶2隻を貸し出したが、用船料が支払われず、その後旧日本海軍が使用した船舶は沈没したという。中国での訴訟は船舶会社の経営者親族が起こし、2010年に親族側の勝訴が確定したため示談交渉中だった。中国が放棄した「戦争賠償」をめぐる戦後補償を求める裁判で、中国側が日本企業の資産を差し押さえたのは初めてのこと。

◆「互恵」通じない相手

 反日攻勢を強める中国・習近平政権とこの日本船舶差し押さえ問題についての社論掲載は朝日、小紙を除く読売、産経、日経、毎日の4紙(23日現在) 。

 問題の論点の一つは、昭和47(1972)年の日中共同声明で戦後補償については決着済みとなったことである。だから、上海で敗訴が確定しても商船三井側は賠償に応じなかった。この点について産経(22日付主張)は共同声明で中国政府は「日本国に対する戦争賠償の請求は放棄する」とうたったことを指摘。菅義偉官房長官の遺憾の意表明は当然のことで「日本企業にこうした訴えが起こされ、賠償を求める判決が出されること自体が、極めて異常」と戦後補償決着済みを主張した。その背景にある「日本は経済協力という形で計3・6兆円の対中政府開発援助(ODA)を拠出した」ことに言及し「賠償請求は自国の政府を相手に行うのが筋だ」と説いた 。

 読売(22日付社説)も、このことに触れて「遺憾」とした菅長官の見解に賛同。戦争賠償請求の放棄を表明した「中国側は、基本的には民間からの賠償請求を封じ込めてきた。/日本政府は、総額3兆円余の円借款を供与し、中国の経済発展を支えた。貧困地域などへの無償資金協力はなお続いている。企業も現在に至るまで投資や技術協力で多大な貢献をしている」ことを強調した。そして「こうした経緯を中国政府は、国民に十分説明していない」として都合の悪いことに頬かむりする中国を批判した 。

 そのうえで「日本の対中投資が落ち込む中、中国リスクの増大は日本だけでなく、経済成長が減速している中国自身にとっても痛手のはずだ」と分析。習政権に「互恵という日中関係の原点を再確認すべき」と、戦時中に強制連行されたとする中国人元労働者らが日本企業に損害賠償を求める動きが相次いでいる問題を含め、冷静な対応を求めた。それは“言うだけ無駄”という気がしないでもないが。

◆焦点ぼけ日経・毎日

 というのも、中国は“独裁共産党に従属する司法”だからで、こうした問題点についても両紙は明確に指摘している。産経が差し押さえを「中国共産党が日本に圧力をかけるため、指揮下にある裁判所を通じ、戦後補償問題を政治利用した暴挙というほかない」と断ずれば、読売は少しソフトに「中国の司法は、共産党の指導下にあり、習政権の意思を反映したもの」とした 。

 共産党独裁と司法が政治に従属することで生ずる中国リスクについては、日経(22日付社説)も「一党独裁体制の下では政治が司法を左右する」と指摘したまではいいのだが、肝心の日中共同声明からの論考が欠落していて、やや及び腰の感を免れない。同様に欠落の毎日(23日付社説)も、両国の主張を並列して「不信で対話を止めるな」と訴えるだけ。焦点ぼけもいいところだ。

(堀本和博)