“医療利権構造”炙り出すも精神医療の欠陥に迫らぬ現代のうつ特集

◆患者倍増の構造批判

 週明けから参議院で本格審議が始まる「労働安全衛生法」の改正案に懸念の声が出ている。働く人がうつ病などになるのを防ぐため、企業に従業員の「ストレス検査」を義務づける内容(従業員50人以下は努力義務)が含まれているが、この検査が防止どころか、逆にうつ病患者を増やして、薬漬けにしてしまう危険性があるからだ 。

 「大特集 病気はクスリで作られる」を組んだ「週刊現代」(4月5日号)は前述の法改正には触れていないが、この特集がうつ病を題材にして炙(あぶ)り出した“医療利権構造”を見ると、ストレス検査もそこに組み込まれる危険性は十分にある、と思えてくる 。

 特集の一つ、「特効薬を販売したら、『うつ病』患者が2倍に急増!」が描く利権構造を簡単に説明すると、次のようになる 。

 「うつは心の風邪」というキャッチフレーズなどを使って精神科の早期受診キャンペーンを張る。それによって、うつ病患者がぐっと増えて、薬の販売が急増する。受診者は悲しみ、苦しみなど、人間として自然な感情までもが「うつ」と診断されることで、本来服用しなくてもいい薬を飲まされてしまうというわけだ 。

 「本来は健康なはずの人にまで『あなたは病気ですよ』と囁(ささや)きかけ、病院に行かせて薬を飲ませる。失恋で落ち込むのも、家族を失った悲しみも、全部『うつ』――まさにマッチポンプとしか言いようのないやり口だ」と、「現代」はなじっているが、悪くすると、処方された薬の副作用で自殺衝動が強まることさえあるのだから、この“マッチポンプ”を軽く考えるべきではない。職場でのストレス検査を受けたおかげで健康な人まで心の病にされてしまうことは十分考えられる。

◆曖昧な精神科の処方

 医学は科学だからエビデンス(科学的根拠)もなく、そんなことをするのは無理だろう、と思う読者もいるだろう。しかし、精神医療におけるエビデンスはかなりいいかげんである。精神科医には「DSM-5」という世界共通の診断基準はあるが、「うつ病」でも「うつ状態」でも抗うつ剤が処方されることは少なくないのである 。

 医療費の自己負担なしで診察が受けられる生活保護者が精神科を“はしご受診”して、処方された薬をネット販売することがある。そんなことがまかり通るのも、「健康」の基準がかなり曖昧なのに加えて、いいかげんな診断をする精神科医がいるからだ 。

 東京大学病院をはじめとした医療機関が行った白血病治療薬の臨床研究は、大手製薬会社ノバルティスファーマによる「企業丸抱え」であったことが明るみに出たばかりだが、特集は新しい薬の治験結果発表会に交通費、一流ホテルの宿泊費のすべてを負担して医師を誘うなど、製薬会社のなりふり構わぬ営業活動にも触れている 。

 研究発表会に体裁を整えた接待攻勢に簡単に陥落してしまう医師について、「現代」は「毒まんじゅうを食わされたが最後、もうその会社のクスリを処方しないわけにはいかない」と、週刊誌ならではの表現で糾弾するが、医師の倫理観欠如も向精神薬の蔓延(まんえん)を助長する一因になっているのだ 。

  製薬会社や病院の利益優先体質はいくら批判しても足りないくらいだが、それだけでは抗うつ剤をはじめとした向精神薬の服用が広がることの背景説明としては十分とは言えまい。

◆唯物的人間観も問題

 昨年秋に放送されたNHKスペシャル「病の起源」の第3回「うつ病 防衛本能がもたらす宿命」では、うつ病を「脳の病気」と捉えていた。こうした見方が象徴するように、概して日本の精神医療とメディアは唯物論や進化論を背景に、人間を生物的な側面からだけ捉える傾向が強い。精神的な現象は、脳によってすべて作り出されていると見る心脳同一説に強く影響されているのだ 。

 本紙3日付のビューポイント欄で、名寄市立大学の加藤隆教授はその論考「ホリスティック教育の薦め」で、教育学や医学でも人間を身体的存在の次元で捉えてしまい人間論が欠落するという日本社会の悪(あ)しき風潮を指摘。その上で「人間を霊性の次元まで含めたトータルな存在」として捉え直すことの重要性を強調しておられる 。

 わが国の精神医療が薬物療法に偏っているのは、製薬業界や医学会にはびこる利益優先主義に加えて、日本人の人間観そのものが偏っているからなのだろう。

(森田清策)