新企業の将来的見通しを言及すべきアエラ「ベンチャーブーム」記事
◆新規株式公開が増加
ベンチャー企業といえば、わが国では野心はあるが経営の先行きが不透明な企業とみる向きがあるが、景気の回復傾向を追い風に、起業を後押しする取り組みが進んでいる。アエラ(3月3日号)は「資金も人材も充実/今度は『本物』か/ベンチャーブーム再到来」と題して最近の起業家周辺をリポートしている。
記事では①「10億円以上の資金調達に成功する企業がある」など最近、資金調達の情報が飛び交っている②新規株式公開(IPO)件数が目に見えて回復している(例えば、2009年に約20件だった上場は13年に58件に及ぶ)ことを挙げ、「10年あたりから、流れが変わってきた。起業家の質や数が厚みを増してきたのに加え、アベノミクスがこの流れを強力に後押ししています。株式市場の好調さはIPOをしたい人を増やしているし、財務体質が改善し、内部留保を蓄えた大企業がベンチャー投資に資金を回すようになっています」とベンチャー事業の現場に詳しい人のコメントを載せている。
◆経済活性化に繋げよ
そこで新しい流れとして「大企業の新規事業投資」について注目し、大企業のベンチャー投資の思惑について主に三つを紹介している。①シードアクセラレーター…証券会社などがモノづくりで有望なベンチャー企業に狙いを付けて融資する②大企業ベンチャーキャピタル…かつての下請け業者育成に似て、大手メーカーがパーツ製造業に投資する。「問題解決型」投資③ベンチャーキャピタリスト/エンゼル…ベンチャー育成、グローバル化そのものが目的の投資など。
その上で記事では「大企業がリストラから新規事業投資へと舵(かじ)を切り始めている(後略)」と専門家の声を載せ、アエラも異議を唱えていない。しかし、これについては次の理由から疑問符をつけたい。記事で紹介された起業家の面々の事業内容を見ても分かるが、ほとんどがITを駆使したネットワーク事業だ。
一方、数多い米国のベンチャー企業の投資先としてはメーカー関連が多い。エレクトロニクス、産業ロボット、NC(数値制御)先端工作機械、コンピューターソフト、環境保全設備、新素材、バイオなど。日本の場合、先ほどの①型の投資の将来性についてほとんど未知数であり、慎重さを旨とする大企業が「舵を切り始めている」とは言い難い。
記事でも最後の締めに「起業のチャンスが生まれていることは確かだ。ただ、シリコンバレーのように『産業』になるまではまだ遠い。この機会をとらえて日本でも多くの若者が起業し、経営の経験を積めればいい。(後略)」という起業経験者の弱気とも思える声を載せている。記事は文字通り「ベンチャーブーム」を強調したもので、ベンチャー企業の先行きについての言及が目的ではないようだ。
わが国では今世紀当初、情報化技術の急激な進展と産業の枠組みの変化(パラダイムシフト)で、企業集団や下請け企業関係、系列システムも急速に変化し、“液状化”ともいうべき現象が進んだ。その結果、既存の大企業の視野に入りにくい事業に対するビジネスチャンスは多くなったのは確かだ。しかし、支援の力点を起業数を増やすことよりも、ベンチャー企業を存続させ育成することに置くべきだ。起業支援はそれ自体が目的ではなく、あくまでわが国の経済活性化につなげるための手段だとも言える。
◆注目は産官学一体化
むしろ今、わが国で気を吐いているのは大学の研究機関を介在させたベンチャー企業だ。今世紀までは産業とはほとんど無縁だった大学が、最新科学の部門で、産業界への技術移転の方策を模索しており、明るい兆しが見える。東大や筑波大など拠点大学では企業と合同出資した技術移転機関が設立されたり独立の企業を立ち上げており、すでに実績を上げ始めている。
また、地方で地場産業が盛んなところでは、それを担う将来の人材を大学と自治体が連携して育成している。例えば山梨大では、ワイン醸造、鹿児島大は焼酎や黒酢などの伝統産業、八戸工業大(青森県)はフラットパネルディスプレーなどの技術者を育て始め、その独立を手助けしている。日本独自のベンチャーに光を当てたリポートも欲しい。
(片上晴彦)