競技平等めぐる女性とトランス女子との対立無視した「ネタドリ!」

◆世界的論議呼ぶ問題

 東京五輪を控え、首都圏で放送されているNHKの「首都圏情報 ネタドリ!」は6月18日放送分(19日再放送)で、「オリンピック憲章とLGBT」をテーマにした。2014年に改訂された五輪憲章は、差別禁止の対象項目として人種、肌の色、性別、宗教などに「性的指向」を追加している。

 このため、近年の五輪運動は、大会開催を契機にした「ジェンダー平等」の発信を大きなテーマにしている。東京大会も「多様性と調和」を理念に掲げているのだから、番組企画そのものはちょうどいいタイミングだった。

 五輪とLGBT(性的少数者)との関わりで今、世界で物議を醸しているのは、生物学上は男性だが、心は女性というトランスジェンダー女子(トランス女子)の競技参加の問題だ。東京大会では、性別変更を公表したトランスジェンダー選手が五輪史上初めて出場するからだ。

 ニュージーランドの重量挙げ選手ローレル・ハバード(43)。かつては男子重量挙げ選手だったが、世界レベルではなかったようだ。しかし、30代で性別適合手術を受け、女性として競技を再開してからは、世界選手権などで実績を残してきた。

 だが、ハバードの東京五輪出場については、女性団体「女子スポーツを守れ」会長ベス・ステルツァーが「女子競技への男性の参加を認めることは、恥ずべきことであり、女性スポーツを愚弄(ぐろう)するもの」(本紙23日付)と批判するなど、女性競技者とトランス女子が対立する状況になっている。

 だが、「ネタドリ!」は世界的に論議を巻き起こしている、この問題にはなぜか、一言も触れなかった。ハバードが東京五輪代表に決まったのは6月21日。番組放送後のことだったからだという言い訳が聞こえてきそうだが、トランス女子が女子競技に参加する問題は何年も前から持ち上がっており、番組制作者が東京五輪でも浮上する問題だということは知らないはずはない。

◆出場辞退を求める声

 国際オリンピック委員会(IOC)のガイドラインはトランス女子はテストステロン(男性ホルモン)のレベルを大会1年以上前から抑制しなければならないことを定めている。もちろん、ハバードもこの規定をクリアしているはずだが、それでも男性としての生物学上の優位性があるとして、出場を辞退すべきだとの声が女性団体などから上がっている。

 その一方で、身体的に重大な影響を与える男性ホルモンの抑制こそが人権侵害だという主張もある。

 さらに、LGBTに対する理解を広めることに力を入れるIOCを困惑させているのは、対立がL(レズビアン)とT(トランスジェンダー)の構図にもなっていることだ。トランス女子が女子スポーツ競技に出場することに反対する一人に、女子テニス界のレジェンドで、レズビアンを公表しているマルチナ・ナブラチロワがいる。米大統領が今年2月、LGBTを差別から保護する「平等法」に署名した時、ナブラチロワは、トランス女子が女子スポーツに参加する可能性があるとして「不平等」だと懸念を表明した。

 「ジェンダー平等」と口で言うのは簡単だが、選手の人生と生活が懸かったスポーツ競技では、人権と公平性のバランスはあまりに複雑すぎて、誰もが納得する道は見いだせていない。東京五輪で、もしトランス女子がメダルを獲得したとすれば、女子選手の不公平感はさらに増すだろう。

◆法制定に慎重な理由

 なのに、「ネタドリ!」はジェンダー平等をめぐるスポーツ界の混乱には見向きもせず、先進7カ国(G7)の中で、性的指向・性自認による差別禁止法がない唯一の国は日本だとして、法整備の遅れを嘆くばかり。その象徴として、「差別はゆるされない」という文言を入れた「LGBT理解増進法案」を、自民党が国会提出を見送ったことを挙げた。

 だが、同法案に反対した参院議員、山谷えり子は「女子の競技に男性の体で心は女性だからって参加して、いろいろメダルを取ったり、そういう不条理なこともあるので、少し慎重に」と、現実に起きているスポーツ界の混乱という、合理的な理由を挙げて反対した事実は完全に無視した。

 五輪とLGBTをテーマにした番組なのだから、スポーツ競技一つとってみても、日本が差別禁止法の制定に慎重になる正当な理由があることをしっかり聴視者に知らせるべきだったのだ。

(敬称略)

(森田清策)