遺伝子操作、動物実験による医薬品開発の現状を特集したNW日本版

◆老化プロセス変える

 新型コロナウイルスの中国・武漢ウイルス研究所流出説が強まっている(本紙5月31日付1面)。この研究所では何十種類もの小動物の血液中成分である血漿(けっしょう)を調べ人体実験もしていたとみられ、その目的、目指すところは何なのかなどの疑問も起きてくる。

 コロナウイルスワクチンの話題と直接関係はないが、現代の医薬品開発の手法について、ニューズウィーク日本版5月25日号に、11㌻に及ぶスペシャルリポート(「老いを止める『秘薬』を求めて」など)が載っている。医薬の開発、製造の技術進歩はとどまるところを知らない。遺伝子操作は今や万能性を帯びてきたし、小動物の血漿中のタンパク質を追究し、それを人間の疾病治療に利用するという手法も当たり前になってきた。

 記事によると従来、「老化のプロセスは極めて複雑で、いくつかの遺伝子に手を加えたり薬を飲んだりするだけで調節することなどできないと、大半の科学者は考えていた」。つまり、心臓病や癌(がん)、アルツハイマー病、関節炎などの個別の病気は老化と関係があるとみられていた一方で、老化自体は変えられない、というのが医学界の定説だった。

 ところが1993年、カリフォルニア大学で「回虫のDNA情報を1文字変えるだけで、寿命を3週間から6週間に延ばすことに成功した」ことで「老化の生物学的メカニズムを操作することが可能かもしれない」となった。

 以後、ゲノム解析によって、寿命の延びと関連するとみられる変異体などを見つける作業が続けられ、次第に老化と個別の疾病との関係も明らかになってきたというのだ。

 この間、2001年にアルツハイマー病の研究にからみ、日本人研究者2人が研究に関係したDNAや細胞を隠匿したとして米連邦大陪審に産業スパイ法違反で起訴された事件があった。米国ではすでに国家がかりの医薬品開発が進んでいたのだが、日本ではまだこの種の研究に対する啓発は小さかったようだ。

◆国家が資金拠出決定

 遺伝子操作そのものではないが、もう一つ、マウスなどの小動物実験を駆使した実験も進んでいる。例えば「老齢のマウスの体を若いマウスと結合」する「並体結合」は、2体を結合し、同じ循環系を共有するようになった動物の傷口を修復する力について調べるための実験。若いマウスと結合した場合、老齢マウスの筋肉についた傷はより早く治ることが分かった。

 その上で良質の血液成分のDNA分析を行い、血漿中の若返り効果が期待できるタンパク質が数多く特定できるようになった。それを人に注入し老化を抑えようというわけだ。血管と脳の間の物質の移動を選択的に制限する障壁「血液脳関門」を通り抜けることができたことも老化抑制技術につながった。

 この方法による成果を生み出すために、「米国立老化研究所(NIA)も最近、『細胞老化』に関する基礎研究への大規模な資金拠出を行う計画を発表した」。「老化のプロセスそのものに手を加えて、加齢との関連性が強い病気の発症を防いだり、遅らせたりする(医薬品開発)」が一挙に進むとみられるという。

 もっとも、それらの薬が本当に効果を発揮するものだった場合に起きる事態を心配する声もある。「貧しい若者が億万長者の老人のために自分の血を売る羽目になるのではないか」。

◆楽観できぬ技術進歩

 同誌の記事で、急激に進歩しすさまじいばかりの医薬品開発の現状を目の当たりにするが、遺伝子操作や動物実験を通して、老化のプロセスに手をかけることの倫理的な是非について論じていない点には不満が残る。

 世界中を混乱に陥れた新型コロナウイルスは人為的ミスによる流出が濃厚である一方、10年以上かかると言われたそのワクチン開発が1年足らずで実用化されたのも現代の医薬品製造研究・技術の成果だ。技術の応用の方向を誤っては大変なことになると、よくよく思わされる。

(片上晴彦)